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『最弱魔術師、神の文字を刻む』 ――最弱魔術師。その正体は、千年前の大罪人。  作者: 雨宮ぐみ


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第23話 本体、目覚める

第23話 本体、目覚める


エルナ神都の地下深く。


ズズズズズ……。


巨大な黒い扉が、ゆっくりと開いていく。


その隙間から、冷たい風が吹き抜けた。


アルトは身構える。


「……あの中に、黒きᚦの本体が?」


少女は静かに頷いた。


「ええ」


「千年前に封印したんじゃなかったの?」


「封印したのは、あなたの魂に残された一部と、その力の流れ」


少女は黒い扉を見る。


「本体そのものは、エルナ神都から切り離されていたの」


レグナスが険しい顔をする。


「つまり……」


「千年前、アルトは都を世界から切り離した」


少女が続ける。


「そのとき黒きᚦもまた、都とともに世界から切り離された」


アルトの顔が青ざめる。


「じゃあ……僕が都を消したから……」


「そう」


「黒きᚦまで、ここに残った?」


「ええ」


黒い扉の向こうから――


ドクン。


また心臓のような音が響く。


アルトの胸にある黒い紋様が、それに呼応する。


ドクン。


ドクン。


「……僕の中の黒きᚦと、あれがつながってる」


レグナスが即座に言った。


「ならば近づくな」


「でも――」


「危険すぎる」


「でも、あれを放っておいたら?」


レグナスは答えなかった。


代わりに少女が口を開く。


「目覚めれば、今度こそ世界とのつながりを断ち始める」


アルトは息を呑んだ。


「世界そのものを?」


「ええ」


「……千年前と同じことが起こる」


「いいえ」


少女は首を横に振った。


「今度は、エルナ神都だけでは済まない」


静寂。


その言葉の意味を理解するまで、数秒かかった。


「……大陸全体が?」


「最悪の場合は」


レグナスが杖を握り直す。


「ならば、ここで止める」


アルトも頷いた。


「僕も行く」


「却下だ」


「なんで!?」


「お前は最弱魔術師だろう」


「今それ言う!?」


少女が思わず口元を押さえる。


ほんの少しだけ、笑っていた。


「……昔も、こうだったわ」


「え?」


「あなたは危険だと言われるほど、前に出た」


アルトは苦笑する。


「昔から無茶してたんだ……」


「ええ」


少女は頷く。


「だから私は、あなたを止める役だった」


「……今も?」


「もちろん」


少女はアルトの額を軽く指で弾いた。


「無茶は禁止」


「痛っ!」


レグナスがぼそりと言う。


「効いているようだな」


「レグナスまで……」


一瞬だけ、緊張が和らいだ。


しかし――


ズンッ!


突然、黒い扉が震えた。


床が大きく揺れる。


「来る!」


少女が叫んだ。


扉の向こうから、黒い煙が噴き出す。


煙は床を這い、壁を伝い、天井へ広がっていく。


その中心に――


巨大な目が開いた。


赤い。


アルトの知る黒い影の目と同じだった。


『……ようやく』


声が響く。


『つながった』


アルトの胸が激しく痛む。


「ぐっ……!」


黒い紋様が腕から首へ広がる。


「アルト!」


少女が手を伸ばす。


だが、アルトの身体が勝手に前へ引かれた。


「な……!」


一歩。


また一歩。


黒きᚦの本体が、アルトを呼んでいる。


『器よ』


「僕は……器じゃない!」


『ならば何だ?』


アルトは歯を食いしばった。


「僕は……」


ᛗ(マンナズ)――「人間・自己」を意味するルーンが輝く。


「僕は、アルト・レインだ!」


白い光が身体を包む。


黒い力が止まった。


『……アルト・レイン?』


黒きᚦが嗤う。


『それは、お前が未来で得た名前だ』


アルトの目が見開かれる。


『千年前のお前の名ではない』


「……!」


胸の奥に、知らない記憶が弾けた。


白い衣の少女。


燃える神都。


黒い炎。


そして――


誰かが自分の名前を呼んでいる。


「……アル……」


声が遠い。


「アルト……!」


違う。


もっと古い名前。


もっと長い時間を背負った名前。


「僕の……本当の名前……」


黒きᚦが囁く。


『思い出せ』


「……」


『お前が何者だったのか』


アルトの頭に激痛が走る。


「うああああっ!」


少女が叫ぶ。


「やめて!」


少女がアルトの手を握る。


その瞬間――


光が二人を包んだ。


アルトは少女を見る。


涙を浮かべた顔。


「まだ、思い出さなくていい」


「でも……!」


「あなたが今、アルトであることを忘れないで」


その言葉に、アルトの意識が戻る。


「……僕は」


少女の手を強く握り返す。


「僕はアルトだ」


黒きᚦが唸る。


『……また、つながった』


その瞬間。


最後の神の文字が光った。


『繋ぐ』


黒い煙が弾き飛ばされる。


だが――


黒きᚦの本体は消えなかった。


むしろ、その姿が少しずつ形を持ちはじめる。


巨大な腕。


黒い鱗。


赤い目。


そして胸には――


巨大な黒きᚦ。


レグナスが息を呑む。


「……あれが、本体」


アルトは杖を握る。


「……倒せる?」


レグナスはしばらく沈黙した。


「分からん」


「え?」


「千年前にも、完全には倒せなかった」


「それ、今言う!?」


少女がアルトの隣に立つ。


「でも、今回は違う」


アルトを見る。


「あなたには、千年前にはなかったものがある」


「……何?」


少女は微笑んだ。


「仲間よ」


アルトはレグナスを見る。


レグナスは無言で杖を構えた。


「……一人よりは、ましだ」


「レグナス……」


「勘違いするな。死なれると面倒なだけだ」


「それ、心配してくれてる?」


「違う」


「絶対そうだよね?」


少女が笑う。


そして三人は、黒きᚦの本体を見据えた。


千年前に始まった戦い。


失われた都。


消された人々。


奪われた記憶。


すべてを取り戻すための戦いが――


今、再び始まる。


黒きᚦの本体が、巨大な腕を振り上げた。


『ならば見せてみろ』


『千年前とは違う、お前たちの答えを』


轟音とともに、地下神殿が崩れ始めた。


アルトは叫ぶ。


「行くよ!」


レグナスが頷く。


少女も杖を掲げる。


そして――


最弱魔術師と、千年前の巫女と、千年を生きた魔術師。


三人の戦いが始まった。


第23話 終

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