第20話 神都に残された記憶
第20話 神都に残された記憶
――ガシャン。
背後で扉が閉じた。
「……閉じちゃったね」
アルトが振り返る。
巨大な石の扉は、まるで最初から二人を逃がすつもりなどなかったかのように、ぴたりと閉じていた。
レグナスが扉を調べる。
「開かないな」
「……レグナス」
「なんだ」
「それ、僕が一番聞きたくない言葉なんだけど」
「そうか」
「そうだよ!」
アルトが頭を抱える。
「遺跡に入ってから、閉じ込められてばっかりじゃないか……」
「安心しろ」
「何を?」
「私も閉じ込められている」
「全然安心できない!」
そんなやり取りをしている間にも、神殿の奥から冷たい風が吹いてくる。
二人は顔を見合わせた。
「……行こう」
アルトが呟く。
「ああ」
二人は神殿の奥へ進んだ。
長い廊下。
左右の壁には、無数の石像が並んでいる。
人間。
魔術師。
騎士。
子ども。
老人。
そのすべてが、どこか悲しそうな表情をしていた。
「……この人たちも、エルナ神都の人?」
「おそらくな」
アルトは石像の一つに触れた。
すると――。
頭の中に声が響いた。
『お母さん……』
「――っ!」
手を離す。
「今、声が……」
「何が聞こえた?」
「子どもの声」
レグナスは黙って石像を見る。
「この場所には、記憶が残っている」
「記憶が……?」
「ああ」
レグナスは言った。
「存在そのものを断たれたとしても、すべてが完全に消えるわけではない」
「じゃあ……」
アルトは石像を見る。
「この人たちの記憶を取り戻せる?」
「可能性はある」
その言葉に、アルトの目が輝いた。
「なら――」
「ただし」
レグナスが続ける。
「それには、お前が失った記憶も必要になる」
アルトの表情が曇る。
「……僕の?」
「ああ」
レグナスは廊下の先を指差した。
そこには巨大な扉がある。
扉には、一つのルーンが刻まれていた。
ᛗ(マンナズ)。
「人間と自己の繋がりを示すルーンだ」
「またマンナズ……」
アルトは手の甲を見る。
白い光が微かに脈打っている。
「この先に、何かある」
アルトが扉に触れる。
――ドクン。
扉が光った。
そして――。
アルトの頭の中に、千年前の光景が浮かんだ。
少女。
そして、幼いアルト。
二人は神殿の中庭に座っている。
『ねえ、アルト』
『なに?』
『もし、世界中の人があなたを忘れてしまったら……どうする?』
少年は少し考えた。
『僕が僕だって覚えてれば、それでいいよ』
少女は驚いた顔をした。
『本当に?』
『うん』
少年は笑う。
『だって、自分のことまで忘れなければ大丈夫でしょ』
少女は微笑んだ。
『……そうだね』
映像が切り替わる。
今度は、災厄が街を襲っていた。
人々が逃げ惑う。
黒い炎。
巨大な魔物。
そして――。
少年が黒きᚦ(スリサズ)を発動する。
「……」
アルトは息を呑んだ。
黒い線が街を包む。
魔物が消える。
だが、その直後。
少年の顔から表情が消えた。
『……あれ?』
少年が呟く。
『僕……今、何をした?』
少女が駆け寄る。
『アルト!』
『君は……誰?』
――。
アルトは目を見開いた。
「……」
胸が締め付けられる。
「僕は……」
声が震える。
「千年前に、君のことまで忘れていた」
少女の声が聞こえる。
『違うよ』
「……え?」
『あなたが忘れたんじゃない』
少女が現れる。
『黒きᚦが、私との繋がりを断とうとしたの』
「……!」
『でも、完全には断てなかった』
少女は自分の胸に手を当てる。
『だから、私はあなたの記憶の奥に残った』
アルトの目から涙が落ちる。
「だから……何度も夢に出てきたの?」
『うん』
「僕に思い出してほしかった?」
『……うん』
少女は微笑んだ。
『でも、全部を思い出してはいけなかった』
「どうして?」
『黒きᚦが目を覚ますから』
アルトの表情が険しくなる。
「……だから、僕の記憶を封印した」
『そう』
「じゃあ……」
アルトは拳を握る。
「今、僕が記憶を取り戻してるのは?」
少女は答えない。
その代わり――。
彼女の背後に、巨大な黒い影が現れた。
『封印が弱まっているからだ』
「黒きᚦ……」
『記憶を取り戻せば、私も完全に戻る』
「……だったら」
アルトは前へ出る。
「全部取り戻しても、僕が倒せばいい」
少女は悲しそうに首を振った。
『それはできない』
「どうして?」
『黒きᚦは、あなた自身の中にあるから』
――沈黙。
アルトの顔が凍る。
「……僕の中?」
『そう』
少女が答える。
『千年前、あなたは黒きᚦを自分の魂に封じた』
「……」
『だから、あなたを殺せば黒きᚦも消える』
アルトは息を呑む。
「じゃあ……僕は……」
『そう』
少女の声が震える。
『あなた自身が、黒きᚦの最後の封印なの』
――ドクン。
現実へ戻る。
アルトはその場に膝をついた。
「……僕が……封印?」
レグナスが隣に立つ。
「その通りだ」
「知ってたの?」
「ああ」
「じゃあ、どうして教えてくれなかったの?」
「お前が知れば、無理に封印を壊そうとすると思ったからだ」
「……」
アルトは俯く。
自分の中に、禁断のルーンがある。
記憶を取り戻せば、その封印が弱くなる。
だが、取り戻さなければ――。
千年前の真実には辿り着けない。
「……どうすればいいんだよ」
アルトの声が震える。
「記憶を取り戻したら、黒きᚦが目を覚ます」
拳を握る。
「でも、記憶を取り戻さなかったら、消された人たちを救えない」
レグナスは答えなかった。
ただ、アルトの肩に手を置いた。
「だから、お前が選べ」
「……僕が?」
「ああ」
「また僕に選ばせるの?」
「そうだ」
「重いよ……」
「知っている」
アルトは少しだけ笑った。
そして、ゆっくり立ち上がる。
「……じゃあ、僕は進む」
「なぜだ」
「怖いけど」
アルトは扉を見る。
「ここで逃げたら、千年前の僕と同じだから」
手の甲のᛗ(マンナズ)が輝く。
ᛋ(ソウェイル)も続いて光る。
そして――。
扉が開いた。
その先には、巨大な祭壇があった。
祭壇の中央には、一人の少女が眠っている。
白い衣。
長い髪。
閉じられた瞳。
「……君……?」
アルトが呟く。
少女の身体には、無数のルーンが刻まれていた。
そして胸元には――。
黒きᚦ(スリサズ)を封じる巨大な封印。
レグナスが息を呑む。
「……やはり」
「何?」
「彼女は――」
その瞬間。
少女の瞳が、ゆっくりと開いた。
赤くはない。
優しい光を宿した瞳だった。
少女はアルトを見る。
そして――。
「……おかえりなさい、アルト」
千年ぶりに。
彼女は、確かに彼の名を呼んだ。 :::




