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『最弱魔術師、神の文字を刻む』 ――最弱魔術師。その正体は、千年前の大罪人。  作者: 雨宮ぐみ


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第16話 遺跡の最深部

第16話 遺跡の最深部


 ――ドクン。


 また、鼓動が響いた。


 遺跡全体が震える。


 壁に刻まれた無数のルーンが、一つ、また一つと赤黒く染まっていく。


「……今の、何?」


 アルトは暗闇の奥を見つめた。


 レグナスは答えない。


 ただ、いつになく険しい表情を浮かべている。


「レグナス?」


「……来るぞ」


「何が?」


 ――ドクン。


 地面が大きく揺れた。


「だから何が――」


 ズズズズズッ!


 突然、奥の壁が崩れた。


 大量の瓦礫が落ち、砂煙が舞い上がる。


 その向こうから――。


 巨大な腕が現れた。


「……え?」


 腕だけで、人間の身体ほどの太さがある。


 黒い鱗。


 鋭い爪。


 そして、その腕に刻まれている無数のルーン。


 アルトの顔が引きつった。


「……ねえ、レグナス」


「なんだ」


「これ……倒す敵?」


「そうだ」


「……逃げる選択肢は?」


「ない」


「即答!?」


 アルトが叫ぶ。


 その直後。


 瓦礫が吹き飛んだ。


 現れたのは、巨大な怪物だった。


 四本の腕。


 黒い鱗に覆われた身体。


 頭部には角。


 そして――胸の中央には、巨大な黒いルーンが刻まれている。


 怪物の目が開いた。


 赤い。


 黒きᚦ(スリサズ)の意思と同じ色だった。


『……神の文字を読む者』


 低い声が響く。


 アルトは息を呑む。


「……こいつも喋るの?」


「最近の遺跡は随分と賑やかだな」


「感想そこ!?」


 レグナスの淡々とした言葉に、アルトが思わず突っ込んだ。


 だが、怪物が一歩踏み出した瞬間――。


 ズンッ!


 床が大きく沈んだ。


「……冗談を言ってる場合じゃないね」


「ああ」


 レグナスが杖を構える。


「こいつは黒きᚦの意思とは違う」


「じゃあ、何なの?」


「分からん」


「分からないんかい!」


 アルトが頭を抱える。


 しかし、その瞬間。


 怪物の四本の腕から黒い炎が噴き出した。


「来る!」


 レグナスが叫ぶ。


 ドゴォォォォン!


 黒炎が遺跡を走った。


「ᛉ(アルギズ)――!」


 アルトは守護・防御のルーンを発動する。


 巨大な光の壁が出現した。


 だが――。


 黒炎が触れた瞬間。


 バキッ!


「えっ!?」


 亀裂が走る。


「嘘でしょ!?」


 さらに黒炎が押し寄せる。


 バキバキバキッ!


 アルトの顔が青ざめた。


「このままだと……!」


「アルト、下がれ!」


 レグナスが前へ出る。


「炎よ――」


 巨大な魔法陣が展開する。


 次の瞬間、レグナスの炎が怪物を吹き飛ばした。


 ドォォン!


 怪物が壁に激突する。


「やった?」


 アルトが呟く。


 瓦礫の中から――。


 怪物が立ち上がった。


「……だよね」


 アルトは肩を落とす。


「そんな簡単にはいかないよね……」


 レグナスが怪物を見る。


「胸のルーンだ」


「え?」


「あれが力の核になっている」


 アルトは目を凝らす。


 怪物の胸。


 そこに刻まれている黒いルーン。


 だが――。


「……あれ、黒きᚦ?」


「違う」


 レグナスが答える。


「似ているが、別の文字だ」


「じゃあ、何のルーンなの?」


「まだ読めん」


「また!?」


 アルトが叫ぶ。


 すると怪物が突然、腕を振り下ろした。


「うわっ!」


 アルトが横へ飛ぶ。


 ズガァァン!


 床が粉砕された。


「危なっ!」


 アルトは転がりながら立ち上がる。


 ――怖い。


 今までの敵とは違う。


 圧倒的に強い。


 そして何より――。


 ルーンを使えば勝てるかもしれない。


 でも。


 その代わりに、また何かを失う。


 母親の顔。


 知らない記憶。


 自分の過去。


 少女のこと。


 これ以上失ったら――。


 自分は、自分でいられるのだろうか。


「……使いたくない」


 アルトが小さく呟く。


 レグナスが振り返る。


「ならば使うな」


「……え?」


「無理に使う必要はない」


 アルトは驚いた。


「でも……勝てないよ」


「そうかもしれん」


「じゃあ……」


 レグナスは怪物を見る。


「私が時間を稼ぐ」


「レグナス?」


「お前が決めろ」


 レグナスが怪物へ向かって走り出した。


 巨大な炎が爆発する。


 雷が走る。


 風が渦巻く。


 しかし怪物は、それらを四本の腕で弾き飛ばしていく。


「……レグナス!」


 アルトは拳を握った。


 怖い。


 記憶を失うのが怖い。


 自分が消えてしまうのが怖い。


 でも――。


 目の前で誰かが傷つくのを、ただ見ているのも嫌だった。


「……僕は」


 手の甲を見る。


 ᛗ(マンナズ)。


 人間。


 自己。


 そして――。


 ᛋ(ソウェイル)。


 光。


 太陽。


 勝利。


 白い光が二つのルーンから溢れ始める。


「僕は……自分を失わない」


 アルトは怪物を見る。


「失った記憶も全部取り戻す」


 少女の声が、遠くから聞こえた。


 ――忘れないで。


「だから……」


 アルトは拳を握る。


「今は、守る!」


 ᛉ(アルギズ)が光る。


 ᛗ(マンナズ)が重なる。


 そして――。


 ᛋ(ソウェイル)が、二つの光を繋いだ。


 巨大な光の紋章が、アルトの前に浮かび上がる。


 怪物が咆哮した。


『――来るか』


「来るよ」


 アルトは震える足で立ち上がる。


「僕はもう、逃げない」


 怪物が突進する。


 アルトも走る。


 黒い爪と白い光がぶつかった。


 ――その瞬間。


 怪物の胸に刻まれた黒いルーンが、初めて姿を変えた。


「……え?」


 アルトの目が見開かれる。


 そのルーンの形を――。


 アルトは知っていた。


「……この文字……」


 遠い記憶の中。


 千年前。


 あの少女が泣きながら封印していた文字。


 黒きᚦ(スリサズ)とは違う。


 もっと古く。


 もっと深い。


 そして――。


 アルト自身の魂に刻まれている文字と同じだった。


「まさか……」


 レグナスの顔から、血の気が引いた。


「……そういうことか」


「レグナス?」


 彼は怪物の胸を見つめる。


「こいつは――」


 その言葉を遮るように。


 怪物の胸のルーンが、眩いほどの黒い光を放った。


『思い出せ』


 怪物の声が響く。


『お前自身の、本当の名を』


 ――ドクン。


 アルトの胸が強く脈打った。


 そして、頭の中に――。


 自分がアルト・レインと呼ばれる前の記憶が、初めて映し出された。

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