第13話 存在を断つ黒き力
第13話 存在を断つ黒き力
地下遺跡が激しく揺れていた。
壁に刻まれた無数のルーンが、次々と砕けていく。
ガラガラッ――!
「急げ、アルト!」
レグナスが叫ぶ。
「わかってる!」
二人は階段を駆け上がっていた。
しかし、背後から迫ってくる黒い霧は、まるで意思を持っているかのように二人を追い続けている。
『逃げても無駄だ』
低い声が響く。
『お前の存在は、すでに我とつながっている』
「……!」
アルトの足が止まりかける。
その瞬間――。
黒い線が床を走った。
「アルト!」
レグナスがアルトを突き飛ばす。
シュッ!
黒い線が、二人の間を通り抜けた。
そして――。
階段の一部が消えた。
崩れたのではない。
砕けたのでもない。
ただ、そこにあったはずの石が――。
最初から存在していなかったかのように消滅していた。
「……え?」
アルトは呆然とする。
「今の……」
「黒きᚦ(スリサズ)だ」
レグナスが答える。
「『終焉・断絶・消滅』のルーン」
レグナスの表情は険しい。
「奴は物を破壊したのではない」
「じゃあ……」
「石と、この世界とのつながりを断った」
「……そんなことができるの?」
「ああ」
レグナスは短く答える。
「だから禁断のルーンなのだ」
アルトの背中に冷たい汗が流れた。
今までの敵とは違う。
魔法が強いとか、攻撃が速いとか、そういう問題ではない。
――存在そのものを消す。
「そんなの……どうやって戦えばいいんだよ」
「考えろ」
「レグナスは!?」
「私も考えている」
「今!?」
「戦いながら考える」
「器用すぎるだろ!」
アルトが叫ぶ。
しかし、その直後――。
黒い霧が二人の前に現れた。
『見つけた』
赤い目が光る。
「……!」
アルトは後ずさる。
影が手を伸ばした。
『まずは――その右腕を』
黒い線が走る。
「ᛉ(アルギズ)――『守護』!」
アルトが咄嗟に防壁を展開する。
だが――。
黒い線が防壁に触れた。
音はしなかった。
ただ、アルギズの光が一部分だけ消える。
「……!」
「アルト!」
レグナスが叫ぶ。
「防壁を捨てろ!」
「でも!」
「いいから!」
アルトは防壁を解除した。
直後。
黒い線が床を横切る。
ズンッ!
床の一部が消えた。
「……防壁ごと消されてた」
「そういうことだ」
レグナスが黒い影を睨む。
「黒きᚦには、普通の防御は通用しにくい」
「じゃあ、どうするの!?」
「つながりを断たれる前に――こちらからつながりを変える」
「意味がわからない!」
「私も完全には説明できぬ」
「結局わからないの!?」
アルトが頭を抱えた。
だが、その瞬間だった。
アルトの手の甲が光った。
ᛗ(マンナズ)。
――『人間・自己』。
白い光がアルトの身体を包む。
『……マンナズ』
黒い影が初めて動きを止めた。
『その文字を……まだ持っているのか』
「……知ってるの?」
『当然だ』
影がゆっくりとアルトへ近づく。
『それは、お前自身を世界につなぎ止める文字』
「……!」
『だが――』
影の指先から黒い線が伸びる。
『それでも、お前を完全には守れない』
黒い線がアルトの胸へ向かって飛んだ。
「アルト!」
レグナスが走る。
だが、間に合わない。
黒い線が――。
アルトの胸に触れた。
「――っ!」
激痛。
息ができない。
身体の中から、何かが引き抜かれるような感覚。
そして。
頭の中から、ひとつの記憶が浮かび上がった。
父親の声。
『アルト』
「……父さん……?」
幼い頃の記憶。
村の小さな家。
父親が笑っている。
『お前は、お前だ』
その言葉が、何度も響く。
『誰が何と言おうと、お前はアルトだ』
「……!」
黒い線が、その記憶へ伸びていく。
「やめろ!」
アルトは叫んだ。
「それは……!」
黒い影が笑う。
『ならば、守ってみろ』
黒い線が記憶を包む。
その瞬間――。
ᛗ(マンナズ)が強烈な光を放った。
バァンッ!!
黒い線が弾き飛ばされる。
『……!』
影が初めて後退した。
アルトは胸を押さえる。
「……父さん……」
思い出せる。
声も。
笑顔も。
言葉も。
消えていない。
「僕は……まだ僕だ」
ᛗ(マンナズ)が光っている。
レグナスが静かに言った。
「それが、お前の力だ」
「僕の……?」
「ああ」
「強い魔法じゃないのに?」
「強さとは、魔力の量だけではない」
レグナスは黒い影を見る。
「自分が自分であると信じる力もまた、力だ」
アルトは拳を握った。
「……じゃあ」
黒い影を見据える。
「僕は、絶対に消えない」
『……』
「記憶を失っても」
アルトは一歩前へ出る。
「怖くても」
さらに一歩。
「僕が何者なのかわからなくなっても――」
ᛗ(マンナズ)が輝く。
「僕は、僕だ!」
黒い影が静かに笑った。
『……面白い』
黒きᚦ(スリサズ)が赤く輝く。
『ならば、いつまでその言葉を守れるか――試してやろう』
黒い霧が一気に膨れ上がる。
レグナスが剣を構える。
「来るぞ」
「うん!」
アルトも構える。
恐怖は消えていない。
それでも――。
今度は、逃げなかった。
そのとき。
黒い影の背後に、白い少女の姿が一瞬だけ浮かんだ。
「……!」
アルトが目を見開く。
少女は悲しそうに微笑んでいる。
そして唇だけを動かした。
『忘れないで』
次の瞬間、少女の姿は消えた。
アルトは拳を握る。
「……絶対に忘れない」
だが――。
彼自身はまだ知らなかった。
少女が言った「忘れないで」という言葉には、もう一つの意味があることを。
そして。
アルトが守ろうとしている「自分自身」こそが――。
千年前、黒きᚦ(スリサズ)を封じた最大の鍵だったことを。




