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『最弱魔術師、神の文字を刻む』 ――最弱魔術師。その正体は、千年前の大罪人。  作者: 雨宮ぐみ


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第12話 千年前の亡霊

第12話 千年前の亡霊


 暗闇の中で、二つの赤い目が輝いていた。


 アルトは息を止める。


「……誰?」


 返事はない。


 代わりに、黒い影が一歩前へ出た。


 ズ……。


 人の形をしている。


 だが、人間ではない。


 全身を黒い霧が覆い、顔には目と口しか見えない。


 その胸には――。


 黒きᚦ(スリサズ)。


 『終焉・断絶・消滅』を意味する禁断のルーンが刻まれていた。


「……あれが」


 アルトの声が震える。


「黒きルーンを持つ存在……」


「違う」


 レグナスが低く言った。


「奴そのものが黒きᚦではない」


「じゃあ、何なの?」


「黒きᚦに残された――意思だ」


「意思……?」


 影が笑った。


『ようやく……戻ってきたか』


「戻ってきた?」


 アルトは眉をひそめる。


『忘れたのか、アルト』


「……!」


 まただ。


 自分の名前を知っている。


「どうして僕の名前を……」


『お前は千年前から、我を封じている』


「僕が……?」


 アルトは混乱した。


「僕は十六歳だよ。千年前なんて、生まれてすら――」


「アルト」


 レグナスが遮った。


「今は考えるな」


「でも!」


「考えれば考えるほど、奴の思惑に引き込まれる」


 影が笑う。


『相変わらずだな、レグナス』


 レグナスの目が鋭くなる。


「……私の名を呼ぶな」


『千年前、私を封じたのはお前たちだ』


「違う」


『何が違う?』


「お前は――」


 レグナスが剣を構える。


「すでに死んだ」


『……』


「千年前にな」


 影がしばらく黙る。


 そして――。


『死んだ?』


 低い笑い声。


『私からすれば――世界のほうが死んだのだ』


 黒い霧が広がった。


「来る!」


 レグナスが叫ぶ。


 黒い波が二人へ襲いかかる。


「ᛉ(アルギズ)――『守護』!」


 アルトが反射的に手をかざした。


 光の壁が現れる。


 ドォン!!


 黒い波がぶつかる。


 バキッ!


「……!」


 アルトの顔が歪む。


 たった一撃で、アルギズの防壁に亀裂が入った。


「強すぎる……!」


「下がれ!」


 レグナスが前へ出る。


 炎が右手に集まった。


「――燃えろ」


 巨大な炎が影を包む。


 しかし――。


『無意味だ』


 黒い霧が炎を飲み込んだ。


「なに……?」


 レグナスが目を細める。


 影が腕を振る。


 黒い刃が飛んできた。


 レグナスが剣で弾く。


 ガキィン!!


 その衝撃で、身体が後ろへ吹き飛ばされた。


「レグナス!」


「問題ない」


 壁に激突したレグナスが立ち上がる。


「……今のは結構痛かったが」


「問題あるじゃん!」


 アルトは思わず突っ込んだ。


「血出てるよ!?」


「この程度なら問題ない」


「僕には問題大ありに見えるんだけど!」


 緊張していたアルトだったが、ほんの少しだけ力が抜けた。


 しかし――。


 影は笑っていた。


『その程度の力で、私を止めるつもりか?』


 黒いルーンが輝く。


 その瞬間。


 アルトの頭に激痛が走った。


「――っ!」


 膝をつく。


 また記憶が――。


 消える。


 いや。


 違う。


 今回はいつもの感覚とは違った。


 何かが「消えた」のではない。


 何かが――。


 無理やり引きずり出されようとしている。


「やめろ……!」


 アルトの頭の中に映像が流れる。


 千年前の神殿。


 燃える街。


 倒れている人々。


 そして――。


 白い服の少女。


「……!」


 少女がアルトの前に立っている。


『アルト』


「……君……」


『もう時間がない』


「何の?」


『あなたの魂を、現代へ送る』


「……僕の魂?」


『そう』


 少女の目から涙が落ちる。


『このままでは、あなたまで消される』


「誰に?」


 少女は振り返る。


 そこに――。


 黒い影が立っていた。


『私だ』


 影が答えた。


 アルトは息を呑む。


「お前……」


『千年前、お前は私を封じた』


 影が笑う。


『そして、あの女はお前の魂を未来へ逃がした』


 少女が叫ぶ。


『アルト、忘れて!』


「え……?」


『すべて忘れて!』


「どうして!?」


『覚えていたら――』


 少女がアルトの胸に手を当てる。


『この者は、あなたを見つけてしまう』


 光が溢れた。


 そして最後に――。


『いつか、また会える』


「待って!」


 アルトは手を伸ばした。


『そのときまで――』


 少女が微笑む。


『私を忘れないで』


「――!」


 映像が途切れた。


 アルトは現実へ戻った。


「はぁ……はぁ……」


 頬に涙が流れている。


「……僕は……」


 震える声で呟く。


「千年前に……この少女と会っていた……」


 レグナスは何も言わなかった。


「そして……僕の魂を未来へ送った……」


「そうだ」


 レグナスが答える。


 アルトは顔を上げる。


「じゃあ、僕は……」


 言葉が続かない。


 レグナスが静かに告げる。


「お前は、千年前の人間だ」


 アルトの瞳が揺れた。


「……嘘」


「事実だ」


「僕は……アルト・レインだよ」


「ああ」


「リーネ村で生まれて……父さんに育てられて……」


「それも事実だ」


「じゃあ……僕は何なの?」


 レグナスは答えなかった。


 その代わり――。


 アルトの手の甲に刻まれたᛗ(マンナズ)が輝いた。


 ――『人間・自己』。


 その光が、黒きᚦに反応する。


『まだ理解していないようだな』


 影が笑う。


『お前は器ではない』


「……?」


『お前自身が――鍵なのだ』


 黒きルーンが強く輝く。


 地下全体が揺れ始めた。


 ゴゴゴゴゴ……。


 レグナスが叫ぶ。


「アルト、走れ!」


「え?」


「ここはもう持たない!」


「でも、あいつは!?」


「今は戦うな!」


 レグナスがアルトの腕を掴む。


 二人は階段を駆け上がる。


 背後から黒い霧が追ってくる。


『逃げても無駄だ』


 声が響く。


『お前の記憶は、私の中にある』


 アルトは振り返った。


 黒い影が笑っている。


『そして――』


 黒きᚦ(スリサズ)が、赤く輝いた。


『お前が失った記憶を、すべて取り戻したとき』


 影の声が響く。


『私は、お前の中から蘇る』


「……!」


 アルトの背筋が凍った。


 記憶を取り戻すことが――。


 敵を復活させることになる。


 ならば。


 自分はどうすればいい?


 忘れたままでいるのか。


 それとも――。


 すべてを思い出すのか。


 階段を駆け上がるアルトの手の甲で、ᛗ(マンナズ)が強く輝いていた。


 そして地下深く。


 黒きᚦ(スリサズ)は、静かに笑っていた。

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