第3話 増えていく数字たち
画面の数字だけが、まるで生き物かのように増えていく。
俺は指を止めて、時刻表示だけを目で追った。三十秒も空けずに並ぶ「目撃談」。同じ言い回しの「内部関係者より」
フォロワー数十人のアカウントが、判で押したように同じ絵文字で締めている投稿。
素人が見れば、偶然の同時多発に見えるだろう。だが、これを狙って仕掛けてきた人間には、予定調和にしか見えない。
「事務所も静観できないし、そろそろ周りも動き出す頃合いだろうな」
自然発火なんかじゃない。分かっていたことを、あらためて突きつけられただけだ。
下書きが、まだ画面の中に残っている。
『これが公平な選考だと思うか』
あの制作進行との電話で中断されたまま、送っていない言葉。協力者の予告は先に出た。動画も出た。タグは五千を超えた。だが、正義の執行人Xの『告発ツイート』は、まだ出ていない。
X本体の投稿は俺の領域。それが普段のやり方だった。
協力者は予告と動画を先に流すが、Xの名前で出す投稿本文——『正義』の中心となる主張、証拠、フォロワーの興味をどこに向けるのか——それは一条院悟にしか決められないことだった。
「過去の契約一覧が几帳面に保存してある」
スマホのフォルダを確認していくと、締結した契約のデータファイルがいくつも存在していた。
案件ごとに、俺と協力者には個別の契約がある。今回も、『NSS・小仙波湊選考疑惑』というプロジェクトとして、使用素材、中心命題、公開開始条件、成功報酬、中止条件を決めてある。
要は『正義の執行人X』として結んでいる契約の内訳というのが早いだろう。
そして——予告ツイートが出た時点で、プロジェクトは計画通りに進行している。
Xの投稿は、熱狂の中で出さなければ意味がない。皆の関心は急速に減衰する。
公式声明が出れば、炎上案件であることが運営に認識される。他の速報媒体に証拠をリークされれば、Xの独自性が消える。
だから、予告から二十四時間以内にツイートを出す。それがXの基本設計だった。
予告ツイートを出したのは、午後十一時五十分。あと二十四時間で、俺はこの投稿を五十万人に届けるか、届けないかを決めなければならない。
このままいけば、俺はシルベと共に破滅する——そんな投稿、出来るわけがないだろう。
この計画は、原作で必ず失敗する。俺はそれをよく知っている。
だが、やらなければどうなる。契約上、俺が二十四時間以内に投稿しなかった場合——単に遅れただけなら、協力者が事前に承認済みの代替ツイートを出す。
もし妨害した場合は、別の条項が動く。
契約書のスクリーンショットが、さっきの協力者とのLINEにそのまま残っている。
『責任は俺持ちなんだ』——あれは負担の話だけじゃない。その先に、責任所在の開示条項がある。悟の承認、公開指示、素材の提供者、『中止の要求がプロジェクト開始後であったこと』を盾にして、協力者が『正義の執行人X』として一条院悟の過失を公開できてしまう。
自分だけが最後に逃げて、協力者や外注者へ責任を押しつけることを防ぐための条項。旧悟自身が、透明性の名目で承認したものだった。
「どっちに転がっても、俺は断罪される可能性が高い」
原作を知っている。告発文を出しても、出さなくても、最後に暴かれるのは俺なのだ。だとしたら、せめて、自分の手で引き金を引くことは避けたい。
だが『送らない』という選択は、何も解決しない。予告ツイートはすでに出てしまっている。切り抜き動画も出ている。二十四時間が過ぎれば、どんな形であれ、世の中の『正義』が発動する。
壁にかけられた時計の針が規則的に動いている。時間は誰の味方でもないようだ。
◇
午前零時二十分。
公式アカウントのツイートが拡散されてきた。
【NEXT STREAMERS SHOWCASE】運営より
『一部報道および投稿について、現在事実関係を確認しております。詳細が判明次第、あらためてご報告いたします』
定型文だ。だが、この定型文が出るということは——運営も、プラットフォームも、もう様子見で済ませられる規模ではないと判断したということだ。
湊本人のアカウントは、沈黙したままだった。シルベのアカウントにも、動きがない。
ヒロインたち五人のアカウントも、動いていない。
今この段階で何を言っても、否定は『口裏合わせ』に、沈黙は『承認』に変換される。動けば動くほど、燃料が増えていく。
◇
スマホが、また震えた。今度は、協力者からだった。
『予告の食いつき、想像以上だ。このままいくぞ』
『湊が誰と個別に話してたか、お前も知ってるだろ』
『次はシルベの音声だけじゃない。もっと"生々しい"やつからいく』
複数交際疑惑。手元にまだ眠っている『湊不適切交際用.mov』を、指している。
『分かった。後はお前に任せる』
本当は止めろ、と打とうとしていた。しかし動いた指は別の言葉を送っていた。
さっき止めようとした結果がこれだ。強く止めれば、契約を盾にされて、前倒しにされるだけだろうと、もう学んだのだ。
だとしたら、今の俺にできることは。
俺は、『正義の執行人X』のアカウントを開いた。




