第2話 止まらない炎上案件
返信に続いて、スクリーンショットが送られてくる。俺から協力者への指示文だった。
『予定どおり進めろ』
『日曜の夜、発表の直後に出せ』
『躊躇うな』
さらに一枚、契約書のスクリーンショットが送られてくる。
『責任は俺持ちなんだ。速報側には知らせてある。今さら止めるなら、お前が全ての損を被れ』
俺は、協力者へ仕事だけを発注していたわけではない。素材と内部情報を渡し、協力者が自分のチャンネルと拡散網でも利益に変えられるようにしている。いわば共同事業で、個人の活動の範疇を超えていた。
一体、いつからこんなことになってしまったのか。
最初は、隠された有名人の情報を切り抜き開示することで、フォロワーたちの共感を集めるアカウントだった。それが今や、『正義の執行人X』。数多くの推しにまつわる不正や、交際情報、過去の不法行為などを、SNSやメッセージアプリのスクショを付けて投稿する。
「湊のネタは食いつき良いだろうな。距離が近いから、リアコ勢も多いし」
もっと知りたい。誰かだけが得してるなんておかしい。そういうニーズに応えるために、俺は中立を要求されるようになり、利害関係のしがらみに巻き込まれるようになっていった。
DMには「ふざけるな」「公開してくれてありがとう」「死ね」「お前許さないからな」という言葉の数々。最初の方は驚いたが、今はもう慣れてしまった。
「大型案件前。特に話題が燃えやすいタイミングだが、原作での俺はここで判断ミスをしている、という訳だな」
誰かのデビュー、昇格、大会、公式案件——成功する直前を狙うようになった。「評価が確定する前に知らせるべきだ」という理由。
きっと皆は、成功にある程度の健全さや、正しさを求めているのだろう。
『今さらビビってるのか?』
『正義の執行人Xの名前が泣いてるな』
その記憶を追いかける前に、次のメッセージが来た。
『ビビってんじゃねえよ。お前だけ逃げるなんて、今さら許さねえから』
『違う。この計画は失敗する可能性が高い』
原作では、一条院悟がこの計画の後に、小仙波湊たちに断罪される。貶めることまでには成功したが、栞鳥シルベの退場と共に個別ルートが確定する。
俺はこの展開にだけは納得していなかった。何よりも、俺の大好きな栞鳥シルベは一度も救われない。
『知らねえよ。今までだって、こうやってきてるだろ』
『この計画はもう止められない。すべて前倒しさせてもらった』
『分かった。もうこれ以上は何も言わないことにする』
既読が間も無く付いたが、返信はなかった。
「最悪の場面に転生してきたみたいだな」
俺には影響力がある。しかし、それを完全にコントロールすることができない。
拡散する情報も、広告収益の受取先も、予約枠を押さえた速報アカウントも、常に誰かの期待や好奇心に晒されている。俺が手にしていたのは知名度だけではない。真実の代償そのものだった。
◇
十分後、状況が動いた。
協力者が、さっそく予告情報を速報系アカウントへ流したのだ。
湊の切り取られた発言。
「NEXT STREAMERS SHOWCASE」の文字。
女性との関係を匂わせるような男性配信者のシルエット写真。
スクショの右上には、まだ運営資料にしか使われていない企画ロゴが入っていた。説明欄には、社内管理コードまで記されている。
あっという間に話題が拡散していく。
秒単位で更新されていくSNS。「正義の執行人X」の話題と、人気配信者である小仙波湊への失望と非難の数々。
皆の認識が変わっていく瞬間を目の当たりにする。
そのとき——ほんの一瞬だけ、別のものが見えた。
数字が伸びている。タグの投稿数が、秒単位で増えている。
それを見て、体の奥の何かが反応した。嫌悪でも恐怖でもない。もっと古い感覚だった。これだけの人間が、俺が仕掛けた話題に夢中になっている。それは——いつものように正しいことをしている証拠じゃないのか。
違う。俺は迷ってなんかいない。
一条院悟としての欲望が、身体の奥底で疼いているだけ。
慌てて否定する。数字は正しさじゃない。数字は食いつきでしかない。
「原作よりも展開が早い」
原作では、この事件は三日後に始まるはずだった。事件が前倒しで、動き出していた。
『最高の食いつきだな。想像以上だ』
『動画も予告アカウントに前倒しで公開しよう。先方からの許可は得てるからな』
協力者からのLINE。俺は気が重い。
動画の公開は、その七分後だった。俺が止めようとしたことで、協力者は予定されていた公開を、自分の判断で早めたようだ。
「もしかして相手の行動に影響してるのか?」
原作のイベントが時間を縮めたわけじゃない。画面には出ていなかった人間たちが、それぞれの損得で動き始めていた。
『今から正義の執行人Xを動かす』
『分かった。お前の投稿の後に、バズりそうな話題に食いつくプログラムをAIが実行するはずだ』
正直、俺はここで止めたかった。五十万人を超えるフォロワーが俺の投稿を見ると思うと、この下書きを投稿することを躊躇してしまう。
ボタンを押せば、さらに破滅エンドへと進むことになるだろう。
『ちょっと待っててくれ』
スマホが鳴った。今度は電話だった。
「さすが一条院さんの息子さん。さっそくすごい話題になってますね」
情報を送ってきた、あの制作進行だった。声に喜びを滲ませている。
「どれだけPV伸びますか。これなら先方も大満足しますよ」
「一条院さんの投稿があれば、数十万人が一つの話題に夢中になるわけですからね。いやいや凄いことだ」
「ただ今回、流出先がはっきりと分かってしまってるので、俺としてはそこが気になってます」
「大丈夫ですよ。宣伝になりますし、流出したんじゃなくて、流出してしまっただけですから」
制作進行の笑い声が聞こえてくる。悟としての俺がそれに呼応していた。
誰にも悪意はない、驚くほどに。
ただ、皆が仕事をこなしているだけ。この男にとって、バズることは宣伝の一つであり、炎上案件は割安な広告くらいにしか見えていない。
「そうですね、ありがとうございます」
「じゃあ、一条院さん。投稿も期待してますから」
電話を切る。俺はもう一度、SNSの話題をチェックした。もうタグだけで、五千以上の投稿がある。
速報やまとめアカウントだけに留まらない。有名人も個人も、誰が一番上手くこのネタを扱えるかの競争を始めていた。




