第1話 計画は既に進んでいる
5月22日、木曜、午後十一時四十分。
スマホが震える。ロック画面に浮かんだ通知は、一件。
『【非公式】栞鳥シルベの相方、小仙波湊で遂に確定したらしい。発表前だから他言無用で』
『事前に打ち合わせた通りだから。無名Vとのコラボで炎上させて、私的な付き合いがあったからってことに』
送信者は、配信プラットフォーム側の制作進行に携わる男。宛先は、この端末の持ち主一人だけ。
——本人は情報漏洩のつもりはないんだろう。
きっと上手い調整くらいに思っている。通知を開くと、同じ男とのやり取りが残っていた。
『例の事務所は、まだ別の候補を押してきてる』
添付されていたのは、内定者の名簿と、推薦者たちとの利害関係を抜き出した画像。
俺たちにとっては、彼女たちのスキャンダルなんて、割安な広告と同じでしかない。
『金だけじゃないんだけど、やっぱり大事なのは話題性だから』
『分かってる。その情報をこっちも逃すわけにはいかない』
『頼むよ。ディレクターからも、上手く話題にしてくれって頼まれてるからな』
何故か手が震えた。見下ろした指は、知らない形をしていた。爪の形も、骨の太さも。
壁の姿見に、顔が映っている。
——知っている顔だった。原作ゲームで何度も見た。彼女を壊していく男の顔。
「最悪だ。色々と……」
俺は、栞鳥シルベを破滅させる、あの暴露系悪役、一条院悟になっていた。
◇
「小仙波湊とだけは、絶対にコラボさせない」
栞鳥シルベは、万年底辺の個人VTuber。
しかし、彼女には不思議な能力があった。
——コラボレーション・サクシード。
シルベと共演した人物は、必ず成功を手にするという、チートみたいな原作設定だ。彼女は相手の話を聞く能力がとても高い。行間を自然と読みながら、知らないうちに相手の魅力を引き出してしまう。
「本当に女神のような配信者だ」
放送終了五分後には、切り抜きが伸びていき、最後には話題の中心を掻っ攫う。でも、本人だけの動画は驚くほど伸びない。
このゲームで、俺が最後まで推していたのは彼女だった。原作の結末だって、当然のように知っている。
「次世代配信者公式ショーケース」——六月八日の本番までに、どのルートを辿っても、彼女を俺が壊してしまう。
◇
スマホには、下書きが一件あった。
『これが公平な選考だと思うか』
ギャラリーには、切り抜き動画がいくつも保存されている。半年前、シルベへの粘着が続いていた頃、小仙波湊が配信で語った「今は本人へ直接連絡しない方がいい。距離を置いた方がいい」という一言。
それだけでなく、小仙波湊本人が、見覚えのある女性配信者たちと、親密な様子で接している場面がいくつもあった。
「辛いよね。配信ってさ、孤独だなって思うし」
小仙波湊にしか見せない、配信者ヒロインたちの顔が映っている。誰にも悪意はないし、配信者でなければ、普通の交際としか取らないはずだ。
それでもファンたちは許さないだろう。炎上に乗じて、俺たちは事務所からも便乗工作を依頼されている。
「すでに計画は動き出しているんだ。もう止まれるはずがない」
LINEに返信が来ていた。
『元素材は受け取った。明日の夜に出せる』
トーク画面の上には、送信済みのファイルが三つ並んでいた。
『候補比較.mov』
『湊不適切交際用.mov』
『栞鳥シルベ・非公開音声.mov』
最後の一つだけは、まだ開いていない。開けば、後戻りできない気がした。
誰かを貶める動画だけじゃない。ここにあるのは、選考そのものを疑わせる材料たちだ。
◇
ゲームでは、三日後に脅迫のイベントが発生する。誰がこの動画を作ったのかは、もちろん画面には出ない。
だが今、目の前にある編集データを開くと。
——発言の前後が、不自然に切られている。音の間が詰められている。コメントを誘導するための告知文と、送られてきたフォルダには、動員するアカウント用のプログラムがもう用意されている。投稿の予約時刻は、一般発表の直後、五月二十五日、日曜の夜。
◇
俺には、金も人脈もある。父親の会社を通せば、相方の再審査を要求することだってできる。
一瞬だけ、そう思った。だがそれは、彼女が望んだ企画を、俺の都合で奪うことになる。
「そんなことは後だっていい。今すべきことがある」
暴露は事実に基づいている。大衆だって、馬鹿ではない。さすがに俺も、理由が無ければ、炎上だけをさせることなんてできない。
「クソっ。この身体のせいか、イラついて仕方ない」
◇
協力者のアカウントへ、再度メッセージを送る。
『その動画、やっぱり公開しないでくれないか』
既読はすぐについた。返信は早かった。
『は? 今さら、お前が言うことかよ』
『今さら降りるなら、お前の指示も一緒に出す』
こいつとの関係を考えれば、当たり前のことだった。所詮、俺たちは利害関係で結びついているだけ。
「覚悟を決めないといけない。このまま進めば、俺もシルベも破滅するだけだ」
止める方法は、まだ分からない。
だが、この動画がどう作られて、どうやって広がるかで良いのなら、俺はよく分かっている。




