番外編 社交界
※本編に一切影響のない別軸のお話です。
多忙なジークフリートは珍しくこの日、社交場へ顔を出していた。
公爵家嫡子として、このような場に出るのは務めのひとつなのだろう。
黒い軍の礼装で現れた彼は、その立ち振る舞いと地位で、計らずも注目を集めるのだった。
西の領主の伯爵が、傍に令嬢を連れて、ジークフリートへ声をかける。
「これはこれは、アイゼンブルク公子」
ジークフリートは無害そうな笑みを浮かべ対応する。
「お初にお目にかかります。ナハトシュテルン伯爵」
(伯爵の治める地域では織物が盛んだったな……)
「こちらは娘のイゾルデです」
紹介されるとイゾルデは、品の良い所作でスカートの裾を摘み、優雅に一礼した。
ジークフリートは笑顔を返すと、娘イゾルデを観察する。
ドレスと接する箇所の不自然な肌の荒れ、更に、それを隠そうとした化粧の跡に目をやる。
そのまま、着ている青いドレスを凝視する。
その意味をどう捉えたのか、伯爵は「後はふたりで」とにこやかにその場を去る。
ジークフリートは、人好きのする笑顔でイゾルデに話しかける。
「その青いドレス。あなたの地域で染められ、作られたドレスかな?」
香水の奥にまぎれる金属の香りに、短くすんと鼻を鳴らす。
(青いドレスか……)
ふと脳裏に西の領内で最近流行っている皮膚病の噂がよぎる。
ジークフリートの温和な声色と表情に、顔を赤らめながら答えるイゾルデ。
「ええ、こちらは今、父が精力的に取り入れている染料で、お国の貿易にもきっとお役に立てると思います」
「なるほどなるほど、それは真剣に検討しないといけないね」
イゾルデは上目遣いでジークフリートを見つめた。
「アイゼンブルク公子にお話を聞いていただけて、嬉しく思います」
爽やかな笑顔をたずさえジークフリートは見つめ返す。
だが、その一時の後、すっと細められたグレイシルバーの瞳は鋭さを灯す。
「あなたはその広告塔ってわけか」
その言いようにイゾルデは驚き、目を見開いた。
ジークフリートは含み笑顔で、軽快に言葉を並べていく。
「あなた、そのドレス似合っていないよ」
「それに、化粧の厚塗りも肌に悪いから止めたほうがいい。あはは」
ひどい言葉の羅列にイゾルデは怒りを滲ませ「なっ……」と、ふるふると震える。
何か粗相があったのかと、慌てて戻ってきたナハトシュテルン伯爵に、ジークフリートは声色穏やかに耳打ちする。
「目を引く色に、迂闊に手を出したら痛い目を見るよ。ほどほどにね?」
(俺は社交界仕様じゃないと知っていただろうに)
ジークフリートは、口元に穏やかな微笑みを浮かべたまま、手袋をはめた右手を胸元に当て優雅に礼をすると、その場から姿を消した。
こうしてジークフリートはまた女性に嫌われ、社交界で浮く存在となっていく。
誰もいない廊下をひとり歩くジークフリート。
(これで彼女はあのドレスを着なくなるだろう、まあ、恨まれても仕方ないか)
(社交界の同情の目は彼女に向いていた。その点は大丈夫だろう)
コツコツと靴音だけが響く廊下を進みながら淡々と考えていた。
その夜、ジークフリートは青い染料について調べる。
それがどこで集められ、生産されているのかを調査するのだった──
※本編にイゾルデとナハトシュテルン伯爵は出てきません。
※この番外編に登場する青色加工は、本作世界特有の技術設定です。物語としてお楽しみください。
追記:『社交界』『貴族の社会』にジークフリートを混ぜたらどうなるかなー?の軽い気持ちから生まれた番外編です。
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