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黒の矜持  作者: 川端マレ
第三部 グローテハーフェン編

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第五十八話 騙し合い

 三日目の午後。


 ユリウス侯爵邸の円卓の間でこれから、視察で確認できた情報を照らし合わせ、補填や対応策を決めていく会議が開かれる。

 だが、これはあくまで表向きの互いの事情。


 裏では命を懸けた騙し合いが続いていた。


 部屋中央に置かれた円卓では、ユリウス侯爵とジークフリートが互いに対面して座る。

 ユリウス侯爵陣営から、執政官・財務官・港湾局長・書記官などが順に座っている。

 ジークフリート側、特使の面々は曹長以上の階級の者が着席し、書記官にアンネリーゼがいる。


 振り子時計がボーンとひとつ音を鳴らす。

 それを合図に、ユリウス侯爵が口火を切る。


「時間になりましたな。会議を始めましょう」

「早速ですが、昨日ご案内した通り、港の倉庫は溢れております。これだけ輸送が詰まれば、貿易都市として経済は立ち行かない。視察でお判り頂けたかと」

 

 テーブルの上で手を組み、ジークフリートは真っすぐとした視線をユリウス侯爵に投げる。


「案内をしてもらった倉庫。に、関しては、確かに輸送の滞りが確認できました」

「ですが、ある噂を耳にしまして」

「一週間ほど前から、帝国へ申告を出していない湾の奥の倉庫が封鎖されていると……侯爵。この件に関して誰の判断かをご説明願いたい」


(ユリウス侯爵はこれで、俺が色んな噂を嗅ぎつけていると判断するだろう)


 ユリウス侯爵は一度「ほぅ」と感嘆したような表情になり、不敵な笑みを漏らす。

 そして、一度港湾局長に視線を送る。港湾局長は視線だけユリウス侯爵へと返し、無表情のまま受け止めた。

 その一瞬のやり取りを終えると、ユリウス侯爵は話しだす。


「港湾局から相談を受け、私の指示で使用停止致しました」

「湾奥の倉庫は普段から使用頻度も低く、申請を行っておりませんでした。また老朽化が進んでいたゆえ危険と判断し、使用を停止させました」


(この噂は、目くらましに招き入れた貿易商が話したか)

(異国語圏の者であれば聞き漏らすと思ったが……まぁよい。些末なこと)


 露骨にエルデンシュトラ方面の関係者で揃えれば、噂が偽造だという臭いが濃くなる。

 それを対策したのが裏目に出た。


(だが、何より重要なのは少佐が”山賊の噂”を聞いているかどうかだ)

(倉庫の件は適当にあしらっておこうか)


「代わりに湾近くにある私有倉庫を一時的に開放しておりました。貯蓄保管量には差分は出ておりません」

「私有倉庫の開放という対処ゆえ、ご案内が漏れてしまったのはお詫びしなければなりませんな」

「ですが、どの道、倉庫は溢れてしまっているというのが現状」

「見ていただいてもよろしいですが、このような天候では……」


 そういうとユリウス侯爵は窓外に視線をやる。

 午前中よりもいっそう風が強くなり、樹木がしなるようにその幹を大きく揺らすのが見える。


 次から次へと、湧いて出るように嘘を練り上げるユリウス侯爵の老獪さに、ジークフリートは呆れて皮肉的な微笑みをひとつもらす。


(普段、使用頻度の少ない倉庫なら、貿易商が口に出して話すわけがないだろ……)

(それを突かれれば次は私有倉庫の情報を出す。確たる証拠がなければ何とでもなると思っているんだろうなぁ)


「分かりました。その私有倉庫を今日すぐに確認というのも無理な話でしょう」

「私有倉庫の規模が分かる資料の提出を求めます」


 ユリウス侯爵はその様子をみて、うっすらと口角を上げた。


(倉庫台帳を渡しておけばよい。あれにはジギスムント宰相名義の倉庫も記載されている……後々、調べる口実にはなる)


「……しかし、少佐はその情報をどこで耳にされたのか」

「いやはや、噂にたがわぬ傑物さ。御見それいたしますな」


 ジークフリートは肩を小さくあげ、お世辞は受け取らない。ユリウス侯爵が欲しいだろう言葉を渡す。


「ロビーに人が増えておりましたので、そこで少し耳にしたまでです」


(少佐は異国語が分かるのか?いや、そのような情報はなかった……)

 ユリウス侯爵は帝国側に座る一面を流し見る。

(あの書記官の女か……)

 視察でも時折、通訳をしていた。


 ユリウス侯爵にとってはそれよりも、ジークフリートがロビーでその噂を耳にしたという事が重要だった。

 この倉庫の件を知っているという事は、ロビーで山賊の噂もきいたであろう。

 だが、ここで確認を急いで、自分があからさまに山賊に触れればこの少佐は警戒する。


(”山賊の噂”を聞いたならば、帰路に旧道を使う可能性は高くなっているはずだ)

(まずは、ロビーに人が増えている理由が必然だったと誘導するのが良いだろう)


「この天候ですから、この街にも足止めされる人が増えましてね」

「宿を統括する協会から支援を願われれば、領主として対応しなければならない」

「特使の皆さんが滞在中ですので、苦心いたしましたが、人命が第一」

「ロビーや屋敷内各処に人が多くなっておりますのは事実」

「ご不便をおかけして申し訳ない。特使の皆様の安全を考慮し、こちらから護衛をつけさせていただくことも可能です」

「いかがなさいますか?」


 その言葉をジークフリートは好青年の仮面を貼り付け、柔和な笑みで受け入れる。


「いえ、民の安全を願う侯爵の計らいです。それを咎めるほど狭量ではないですよ。あはは」

「それよりもひとつ、お願いがあります」

「本来であれば明日、出立する予定でしたが、このような嵐では帰路の安全を確保できない」

「そのため、嵐が去るまで滞在の延長を検討しています」


 ユリウス侯爵はわざとらしく申し訳なさそうな表情を浮かべたあと、答える。


「それは、こちらから先に気を回さなければならなかったこと」

「少佐から申し入れをさせてしまって、面目が立ちませんな」

「天候が回復するまで、どうぞご遠慮なく滞在なさってください」


「快諾、感謝申し上げます」


 ここでジークフリートがまんまと侯爵の罠にはまり、大回りルートになる旧道を使うとユリウス侯爵に誤認させたい。

 あからさまに旧道を使うと言えば、ユリウス侯爵なら不審に思う。


「雨が上がったら、少し屋敷外に馬の運動で外出をしようと思っています」

「どうやら私の愛馬は従兵の言うことをきかないようで」


 そう言うとジークフリートは人好きのする笑みをこぼしながら続ける。


「遠征での馬の管理は重要なもので、もちろん安全面に関してはこちらで責任を持ちます。侯爵のご負担になるような護衛を依頼することはありません」


(護衛はつけなくとも、俺には監視役をつけるだろう)

(ならばそれを使う)


「このような些末なこちらの都合です。私が外出し、あらぬ疑いを抱かせても。と思いまして」

「外出することを侯爵の耳に入れておこうかと」


 ユリウス侯爵もまた、表面上は紳士的な態度を保っている。だが内面ではジークフリートの思惑が何なのか、それを掴もうと粘りつくような視線で見ている。


(この少佐は本音と皮肉を混ぜよる……これはどちらだ……)


 どちらも譲らぬ騙し合いをしながらも、この日の会談は主要な取り決めを行い終了した。

 嵐はもうじき過ぎ去る。だが、残した爪痕はこの時まだ見えず、嵐が山肌をなで、勢力を弱めた時その帰結が姿を現すだろう──

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