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黒の矜持  作者: 川端マレ
第一部 始まり編
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第五話 通訳者

 アウグスト元帥の部屋を退出してからジークフリートは、城で従事している者の名簿がある官僚資料室を訪れる。

 もう夕刻を回った時間だが、官僚資料室には数名の人間がまだ残っているようだ。


 受付には男性の官僚職員制服を着た者が、退勤前の書類整理に追われている。

 ジークフリートの姿を確認すると、官僚職員の顔は緊張でこわばり、それまでバタバタと作業していた手が止まる。


 軍の人間は城の者たちから恐れられているのだ。

 とりわけジークフリート少佐は、軍実績の優秀さと、情け容赦ない対応で噂が絶えない。


 緊張した面持ちの官僚職員に、ジークフリートが近づくと、柔らかい笑顔でニコニコと話しかける。


「城の従事者の名簿を調べたいと思って、奥の部屋のカギ、もらえるかな?」


 職員はその言葉を聞くと「す、少しお待ちください」と言い、受付裏の小部屋に入っていく。


 数分もしないうちに戻ってくるとジークフリートに金色のカギを手渡す。


「カギは使い終わったら、こちらの施錠されている投函口に返却をお願いします」

「あと……カギ使用名簿に、署名をお願いします」


 ジークフリートは柔和な表情で「ありがとう」と言葉を出す。

 そして、近くの羽ペンを手に取り、サラサラと文字が端正に記されていく。

 

 ジークフリートの優しい声色と、穏やかな口調に安心する官僚職員。


(噂と違って、優しそうで良かった……)


 ホッと胸を撫で下ろした瞬間目が合い、時間が止まったような錯覚を覚える。

 そこにあった銀の瞳は人を映しておらず、あまりの冷たさに背筋から汗が流れ落ちるのを感じる。


 ジークフリートは目を薄め官僚職員を観察すると、誰も彼もが面白い様に同じ対応をするものだと、笑うように息を短くこぼした。

 そして、微笑をたずさえたまま無駄のない歩みで奥へ消えていく。


 官僚職員は、手を止めたままその姿を見送った。


(なんだったんだ……あの瞳は……)


 目があった瞬間を思い出すだけで身震いがまた襲ってくる。

 それを振り払うように残務処理を片付けると、そそくさとその場を後にした。


 奥の従事者名簿がおさめられている棚を見つけると、ジークフリートは『帝国軍軍務資料局、事務局員』の名簿に手を伸ばす。

 パラパラと名簿をめくり、通訳・翻訳官の項目まで進める。

 タラモン語を扱える通訳者を探しているのだ。

 しかし、通訳者名簿にタラモン語を扱えると記載されている者は見つからない。

 さらにページをめくっていくと、ある者の名前の所でジークフリートの手が止まる。


「……アンネリーゼ・リヒタール」


 その項目の家族構成の父の欄には、ジークフリートの教師だった『マティアス・リヒタール』の名前──


 過去の進軍では、タラモン語の通訳者はマティアスが務めていた。

 彼は現在、帝国大学で教授をしており、帝国軍からは離れている。

 父親がタラモン語を扱えるからと言って、娘がそうとは限らない。

 マティアスは熱心な教育者で、ジークフリートが知識に興味を示すとなんでも教えてくれた。

 もし、娘がタラモン語に興味を少しでも示していれば、教えていた可能性はゼロではないが……


(闇雲に当たるよりは可能性は高いな)


 名簿に『タラモン語』を記載していないのは、通訳者として不十分な知識だからか、あるいは──。

 マティアスがジークフリートの教師だった頃、時折娘の話をしていたのを思い出す。


(正義感と知的好奇心が強くて、我が子ながら優しいと言っていたな)


 顎に手を当て逡巡したのち、ふっと表情がゆるむ。何かひらめいたのだろう。


「ふふ、ハインリヒ次第だなぁ」とこぼし、パタンと名簿を閉じると棚に収める。


 そして、小部屋のカギを施錠しその場を後にする。


 万が一上手くいかなければ、現地で通訳者を雇う必要がある。

 それだと機密情報を外部の通訳に話す訳にはいかなくなるので、都合が悪いのだ。


(それにしても……マティアスの娘が、王宮の軍務資料局に従事していたとはね)


 マティアスが苦渋の選択の末、圧政の進言をしたことにより、エルデンシュトラの現状がある。

 根絶か圧政か……どちらを選んだほうが良かったのかは分からない。

 それでも、これからの選択次第でその未来が変わるかもしれない──。


 あたりはすっかり夜になり、雲の切れ間から現れた月は、まるで誰かに語りかけるように輝いている。

 廊下に響くジークフリートの靴音は闇に吸い込まれていく。 だが、等間隔に置かれたろうそくの明かりはゆらめき足元に優しい光を灯す。


最後まで読んでくださりありがとうございます。

彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。

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