85.試行回数
朝起きてくると珍しく父さんしかいない。
陽菜はどうやら早めに学校に行ったらしい。
「おはよう」
「おはよう」
テレビから目を離さず答える父さん。
行儀が悪いからやめてほしいんだけど何度言ってもやめやしない。
母さんが言ってくれれば一発なんだけど、なんだかんだで父さんに甘いからなぁ。
「また強盗か」
父さんがつぶやいたのでテレビを見ると銀行強盗のニュースがやっていた。
ただ、俺が遭遇した銀行強盗のように脅してお金を取った訳ではなく、夜間に忍び込んでお金を取っていったらしい。
どうやって忍び込んだかは謎らしいけど一夜にして金庫は空になっていたそうだ。
「真琴も気をつけるんだぞ」
「相手から来るのにどう気をつけろと?」
ハムエッグを食べつつ答える。
以前の件を気にしてるんだと思うけどあんなの避けようがない。
ああいうのは努力でなんとかなるものじゃなくて運だと思う。
そんな俺の考えが読めたようで、父さんは首を振った。
「確率の問題だからこそ努力でなんとかするんだ」
「運の悪さを努力でなんとか出来たら苦労しないよ」
とうとう頭がおかしくなってしまったのだろうか。
最近暑いしきっと脳みそがゆだってタンパク質が凝固したんだろう。
ついでにいつもフルフルさせてる奴も凝固したままになってほしい。
「そうか、そういう認識か」
あごに手を当てて何かを考えている。
こういう仕草は陽菜と一緒なんだよな。
「例えば確率1%で落ちる飛行機に300回乗れば落ちる確率はどのくらいだと思う?」
「落ちる確率高すぎでは?」
「それは例えなので無視してほしい」
「……えっとたしか99%ぐらいだっけ?」
ガチャの確率か何かでそんなのが出ていた気がする。
欲しいものがあるなら大体分母の3倍引けばいいとかなんとか。
「その通り、それで1%を引いたから運が悪かったというかい?」
「それはない」
引き続ければいつかは当たるだろうし、それを運の悪さとは呼ばないと思う。
「1%を引いたという意味では運が悪く感じても試行回数を見れば当然の結果という訳だな」
「それは分かったけど強盗の話と何の関係が?」
「わざわざ試行回数を増やすなってことだ」
そう言ってホットミルクを飲む。
ホットコーヒーとか飲めばいいのにと思うけど、本人曰く朝からカフェインはつらいらしい。
絶対母さんへのセクハラ目的なんだと思うけどなぁ。
「危険そうなことには近寄らない、これが一番だ」
「いや、別に近寄ってないけど」
「傍目には近寄っているように見えるぞ」
鋭い目で俺を見てくるので思わず目をそらしてしまう。
特に後ろめたいことがあるわけじゃないのに直視できない。
「きちんとリスクを考えて物事を行っているか?」
真剣な表情で俺を見てくる父さん。
でもそんなことほとんど考えたことがない……。
ただなんとなく良いと思うことをやってるだけで……。
「難しい話してるんですか?」
母さんが声をかけると途端に破顔して母さんの方を向いた。
「そうなんだよ、真琴が確率を理解してないから教えてあげてるんだ」
「あらあら先生頑張って下さいね」
「生徒は先生の指示を聞かないとね、ほらちょっとこっちに来て」
「わたしは生徒じゃありませんよ」
「有希には特別に個人レッスンしてあげる」
「はいはい」
よかった、イチャイチャモードになった。
少しは真面目なことを話したかと思えばすぐにだらけるのは陽菜にそっくりだ。
「俺はもう学校行くよ」
「いってらっしゃい」
「気を付けるんだぞ」
家を出てとりあえず学校に向かいながら言われたことを考える。
気を付けろと言われても難しいよな。
時間をかけてゆっくり考えれば気づくことでもその場でパッと判断しないといけない時はまず気づけない。
誰もかれもが父さんや陽菜のように判断力に優れている訳ではないと理解してほしいものだ。
いろいろ考えているといつの間にか教室の前まで来ていた。
退屈な授業の時もこんな感じで時間が過ぎてくれないだろうか。
「おはよう真琴」
「おはよう平川さん」
「真琴くんおはよう」
「透子もおはよう」
教室に入るとすぐに平川さんが声をかけてきた。
最近入り口の辺りで雑談するのがブームらしく毎日この辺にいるんだよな。
そして何より嬉しいのは平川さんに釣られて透子が挨拶をしてくれるようになったこと。
相変わらず小声だけど意志の強さを感じる優しい声。
目が合うとすぐ逸らされるのがものすごくかわいくてたまらない。
「またお姉ちゃん見てるの?」
「彼女を見て何が悪い」
「お姉ちゃん、あんなこと言ってるよ」
「良いと思う」
「もう、お姉ちゃんは真琴に甘いんだから」
平川さんは腰に手を当てて怒ったぞのポーズを取っている。
その姿を見て周りの男子たちの視線がくぎ付けになっているのが見て取れる。
「可愛すぎる」
「おっぱいが強調されすぎて素晴らしい」
「あの仕草は小さい方が映える」
変態三人組がいろいろ話しているけど、そんなことしてるとどうなるか想像できてないな。
声の大きさは絞っていても聞こえる時は聞こえるんだぞ。
「やっぱり大きいのが好きなんじゃない!!」
「和泉!?」
そりゃ席が近いんだから絶対そうなるよな。
それでなくても和泉さんはおっぱいの大きさ気にしてるってのに不用心な江川が悪い。
「人には『Cカップがいい』とか言っといて久美のGカップにくぎ付け!!」
「「「G!?」」」
「……あっ」
G……? Gカップって言ったのか?
みんなの視線が平川さんに集中する。
ABCDEFGカップ……、大きいとは思っていたけどそれほどまでとは。
「ごめーん、久美」
「ごめんじゃないわよ、まったく」
和泉さんが軽い感じで謝っている。
平川さんは呆れてるようだけど怒ってはいなさそうだ。
「で、真琴はGカップに興味津々?」
「エロネタはやめよう!?」
ニヤニヤしながら俺に聞いてくるのは反則だろう。
透子が非常に冷たい目で見てるし、下手なこと言ったら大惨事だ。
ただ……
「どう?」
おっぱいを持ち上げられたらつい目で追ってしまう。
ぽよんぽよんと効果音が聞こえそうな動きをされると完全にくぎ付けだ。
それは他の男子も同じだったようで和泉さんの顔が怒りに染まってるのが見えた。
「最っ低!!」
「和泉!? 違うんだよ、男のサガとして揺れるものは見てしまうってのが」
「どうせあたしは揺れませんよ!!」
「和泉も十分揺れてる!!」
「え、そ、そうかな?」
「そうだ、俺は大好きだ!!」
「恥ずかしいこと言わないでよ!!」
そんなことを言いつつ、手でおっぱいを持ち上げて揺らしている。
どうやら本当に揺れるか試しているらしい。
なんで怒ってたのに許す流れになってるんだよ、爆散しろ。
ん? 誰か腕を引っ張ってる?
振り向くと無表情なのに怒りがにじみ出ているような顔をした透子がいた。
「正座」
「はい……」
素直に正座する。
またおっぱいの重力に魂を引かれてしまって粛清されるパターンだった。
でもあんなの目が離せないに決まってるだろ。
「能見はなんであそこまで墓穴を掘るんだろうな?」
「興味があることを考えなしにやってるからだろ」
よく見たら阿久津と翔は平川さんの正面ではなく横に陣取っている。
ついさっきまで俺と一緒に話していたのにいつのまに。
そうか、父さんが言っていた『危険に近寄っている』ってこういうことなのか。
「反省」
「はい……」
まあ今は反省するのが先だった。
それにしても透子もやっぱりおっぱいの大きさは気になるのかな。
たしかに大きいのは目を引くけど、触るなら手の平に収まる透子ぐらいの大きさが好きなのに。
「ほんと?」
「え? ……もしかしてまた喋ってた!?」
「ほんと?」
俺の言葉を無視して再度の確認。
よほど気になってるっぽい。
「も、もちろん」
「なら許す」
「へ?」
そう言って平川さんの元に戻っていった。
許された……のか?
遠くにいる透子の表情を見ると怒っている感じはない。
「よかったな」
「透子ちゃんに感謝しろよ」
阿久津と翔から声をかけられたけど俺の頭の中は疑問符でいっぱいだった。
……なぜ許されたんだ?
手の平に収まる大きさが好きって言ったから?
でもそれは俺の好みを伝えただけだよな。
平川さんのおっぱいに目を引かれたのとは別なのに……。
考えれば考えるほど一つの疑問に収束していく。
透子は俺のことをどう思ってるんだろうか。
たしかに付き合ってもらえたし、恋人らしいこともさせてもらえた。
さっきの反応も俺のことが好きという結論なら理解できる。
でも一度も透子から『好き』って言われたことがない。
おっぱいが好きかは問われたことあるけど、あれはおっぱいの好みの話だろう。
透子はどういう気持ちで付き合ってくれたんだ?
聞けるなら聞きたい、でももし何とも思ってないと言われたら?
俺のことなんてどうでもいいって言われたら耐えられるのか?
この日は答えの出ないこの問題をずっと考え続けていた。




