掴み取るその実の味は:前編
Side とある従者
俺は孤児だった。
気が付いた時には、グループの中で浮いていた。
どうも俺は優しすぎるらしい。
人から盗みをせず、恵んでもらえるように頼み込む。
そうして、恵んでもらったものをチビたちに分け与える。
だが、そうやって恵みをもらうのにも限界がある。
もう何日食べていないのだろうか?
チビたちは少し大きくなり、盗みを働くようになった。
そんなことをさせるために、分け与えていたわけじゃないのに…
俺は悲しくなった。
そんなことを考えながら歩いていると目の前が白と黒に点滅する。
もう限界かもしれない。
気が付いたら倒れていたようだ。
そんな俺を誰かが抱き起している。
俺は自分がどんな状況にいるのかもわからず、何を言ったのかも覚えていない。
だが、あれよあれよという内に貴族の邸宅に連れてこられた。
果物をすりおろした飲み物を頂いた。
少し元気は出たか?と確認される。
そして、執事さんに次は風呂だと言われ、ついていく。
俺は、まずは身を綺麗にするためにと、風呂に連れていかれた。
話に聞いたことはあったけど、実際に使ったことはない『風呂』。
温かい湯をこれでもかと使っている、貴族の特権と聞いている。
どうすればいいのかわからなかった俺を、
鋭い目をした執事さんがお湯を頭からかける。
俺はされるがまま呆然とした。
そんな俺に次々と指示を出す執事さん。名前を聞かなきゃ。
「この布で身体を洗いなさい。頭もこちらの石鹸でしっかりと洗うのです」
「う、うん…」
「返事は『はい』です。
あなたはこれから執事見習いとして、この屋敷で働くのですから」
「はい…」
「私の名前はピュレット。
あなたを拾ってくれた方を呼ぶときは『奥様』と呼ぶのですよ。覚えましたか?」
「うん。あ、ち、違った。はい、ピュレットさん。奥様には感謝しています」
「ふむ。口調や態度は問題ありませんね。これは思わぬ拾い物かもしれませんね…」
「こちらの木桶をつかってもいいですか?布をお湯で濡らしたいので…」
「質問も理由もしっかりしていると。
ええ、いいですよ。全身綺麗にするのです。
綺麗にしたら、あの湯に浸かっても構いません」
「い、いいんですか?俺があんな大きな湯に」
「構いません。
それと、『俺』ではなく、今後は『私』と言いなさい。
口調はもう少し矯正した方がいいか…」
「よし、しっかり洗うぞ!」
「目的に向かって努力する姿勢もあると。これなら教育のし甲斐がありそうですね」
俺は身体を綺麗にして、湯に浸かった。
とろけるような心地だった。
少々身体を擦り過ぎてヒリヒリするが、それでも気持ちいい。
風呂から出た私は、真新しい衣服に着替える。
服が違うだけで、気分が変わる。
一生懸命働くぞ!
そう思っていたが、しばらくは体力を戻すために療養だと言われた。
食事も頂いた。
食事中はニコニコと奥様がこちらを黙って見ていた。
食後にマナーがなっていないと、
あとからピュレットさんに注意され、今度教えると言われた。
その日はそのまま部屋で休むことになった。
自分の部屋がもらえた喜びで眠れないかと思ったが、
今までの疲れであっという間に眠りに落ちた。
療養中、体力を使う仕事はさせられないが、
頭を使う仕事はしてもらうと言われて、ピュレットさんから教育を受ける。
ピュレットさんからの話は面白く、また興味深い。
貴族の何たるかから、執事たる者という心構えまで教わった。
文字の読み書き、簡単な計算も学んだ。
ピュレットさんは何かに驚いていたが、喜んでもいたように見えた。
芽吹きだした若葉に、水を与えているようだと言っていた。
意味はわからなかったけど、どういうことかは理解できた。
孤児のグループの中に、植物が好きな子がいたのだ。
その子が、たまに花に水を与えていたのを思い出す。
まあ、その子はどこからか来た男に連れていかれたが…
身体の調子がよくなるまで、そうやって教育を受け続けた。
身体が元気になったことを報告すると、今度は姿勢や仕草を直される。
これを矯正っていうんだって。
俺はしっかりと動きを見て、注意する点を自身で確認する。
そして、まだ見様見真似なので、ぎこちない礼をする。
ピュレットさんが目を見開いている。どうしたんだろ?
俺は次から次へと出される指示をこなしていった。
お茶を淹れるのはさすがにまだまだのようですね、
と安堵したような声でため息をつくピュレットさん。
お茶は難しい。
温度とか言われても、ポットを触るわけにもいかないのだ。
触ることが出来れば何とかなると思うんだけどなあ、
という独り言を聞かれ、ピュレットさんはぎょっとしていた。
教育をされ続けて、二か月が経過した頃だろうか。
お茶会に行くわよ、と奥様に言われた。
ピュレットさんを見上げる。
ピュレットさんは慌てて奥様に、まだ仕上がっていませんよ!?と言っていた。
どうやら、合格点にはまだ遠いらしい。
でも、奥様は大丈夫よと言い、俺に何かを渡す。
「レイト、この歌を覚えてちょうだい。歌は私が教えるわ」
「はい、わかりました。ですが、なぜこのようなことを?」
「あなたが『認められる』ためよ。頑張りなさい」
それから俺は奥様から歌を習った。
同時に、楽器に興味を持った。
奥様が鳴らす楽器から聞こえる音色は綺麗だ。
だけど、たまにちょっと違うような音が混じる。
奥様が休憩と言って、席を外したときに楽器に初めて触れてみた。
なるほど。こういう作りで出来ているのか。
じゃあ、ここを巻いてやるか緩めるかで音が変わるのかな?
糸が張られた楽器をピンと弾いて鳴らす。
音はこれで合ってそうかな?
あ、まずい。奥様が戻ってくる足音が聞こえる。急いで元に戻してっと…
その後も歌の訓練は続けられた。
途中、奥様が楽器を見つめる。
「音がよくなったわね?どうしたのかしら?」
俺は気づかれないように、
明後日の方向を向きながら、歌詞を確認するフリをする。
奥様はまだ疑問に思っていたが、気のせいだと決めたようだ。
よかった。勝手に楽器を弄ったことに気付かれなくて…
そうして、お茶会まで歌の練習とマナーの勉強を繰り返した。
お茶会当日になった。
少し緊張していたが、
これも経験だというピュレットさんの言葉を思い出し、堂々とすることにした。
奥様に紹介され言われたとおり、歌を披露した。
それから、ほかのご婦人方から姿勢や仕草を指摘される。
俺は青い顔をしながら、指摘されたことを修正する。
ご婦人方は満足したかのように笑顔だった。
よかった。間違えていないんだな。
楽師を連れてきたというご婦人の楽器の音がおかしいので直そうとした。
楽師の人には怒鳴られたが、
奥様がやりたいようにやれというので、楽器を調律する。
調律という言葉もピュレットさんから教わった。
直ったかな?と楽器を軽く弾いてみる。
すると、奥様も周囲のご婦人方も俺を見て驚く。
そこに甲高い声で俺を養子に、というご婦人が現れた。
俺は奥様に確認を取り、思ったことを口にする。
まだ俺は奥様に拾ってもらった大恩を返せていないんだ、
邪魔をしないでくれとやんわりと断った。
周囲のご婦人方は俺を称え、あのおばさんには蔑みの言葉を送る。
まずい!怒らせちゃったか?あのおばさん、お茶会会場から出ていっちゃったよ…
その後、奥様はご機嫌のまま帰宅した。
後日、俺にご褒美だと言って糸の張った楽器、弦楽器をくれた。
これが俺専用の楽器。
それから数日後、また新しい指示が出された。
あなたを娘の執事見習いとしてつけます、と言われた。
同時に楽器と歌の家庭教師もしてもらう、とも。
これは大変だなと思い、了承の返事をする。
まあ、俺より年下らしいから、
チビの面倒を見るつもりで、娘さんを扱えばいいだろう。
それよりも新しい楽器を学べと言うのだ。
そちらの方が大変だった。
最新の楽器らしく、教本もないという。
俺は自分でその楽器のことを学びながら、教本を書くことになったのだ。
楽しいけど、楽器を鳴らして文字を書いてと繰り返すから疲れた。
奥様の娘さんに紹介された。
お嬢様は綺麗で長くふんわりとした赤髪をしていた。
奥様が娘の紹介が終わり、用事があるからと退室していく。
お嬢様にさっそく練習をと思ったら、庭に駆け出す後ろ姿を確認する。
随分とお転婆な娘さんだと思った。
俺は仕方なく匂いを辿り、追いかける。
お嬢様は一見綺麗に見える毒虫に触れようとしていたところだった。
慌てて俺は、
「危ない!」
と言って、お嬢様の手を引き胸に抱く。
その後は、毒虫を踏みつぶして、庭師に目撃情報を伝え、処置を頼む。
そして、お嬢様が逃げないように手を引き、練習部屋に連れ戻す。
お嬢様は不機嫌のようだ。頬を栗鼠のように膨らませている。
悪戯を思いついたと言わんばかりの顔で、
お嬢様は俺の楽器の腕を見せてみろという。
俺はこの楽器の教本を作るまで弾いたのだ。
その顔を驚きに染めてやる、とやり返す気持ちで椅子に座る。
演奏し終わった後に見たお嬢様の顔は、どこか熱に浮かされたような顔だった。
よかった、合格のようだと安心する。
口では素直じゃないことを言うが、練習は素直にしてくれた。
はあ。危うく、奥様に叱られるところだったよ。
ため息をこぼしつつ、お嬢様。ジュディの面倒を見る。
ある時、廊下を歩いていた時、ジュディが俺に向かって走ってくる。
泣き顔を隠すように、胸に顔を埋めて、褒めてというのだ。
俺はよくわからなかったが、頭を撫でながら、ゆっくりとあやすように褒めた。
その後、落ちついたのか、
バッと離れて何かを言おうとして言えずに、部屋に戻っていった。
なんだったんだろうか?
でも、この壊れ物を大事にしなきゃって気持ちになったな。
主従関係がある。それに俺は『獣人』だ。
そんな考えは抱いてはいけない。
だから、この気持ちには蓋をしよう。
お嬢様とした街に出かけた日、お嬢様から手荒れ用の軟膏と服の洗剤を頂いた。
大事に使おうと思った。
帰り道、喉が渇いたというお嬢様のために露店に向かった。
そこで、出会ってはいけないタイプのゴロツキに絡まれる。
飲み物は買えないし、追いかけられるし、ついていない。
行き止まりに追い込まれ、拾った木の棒を振り、抵抗するしかない状態。
最悪だ。せめて、もっとマシな武器があれば…
その時だった。
誰かの魔法で、男たちが地面に縫い付けられる。
ジュディだった。
俺は急いでジュディの下に向かう。
ジュディを背に庇い、ゴロツキに対峙する。
俺一人では、これ以上はどうしようもできない。
逃げることも、追い払うことも。
頭上からメイドが降ってくる。
メイドは『黄金商会』からの者で、『客』である俺たちを守ってくれたようだ。
その際、俺にもっと武器に頼れという助言をもらった。
そのままメイドとは別れて、馬車の下に戻る。
馬車の下には旦那様がいたので、
あとのことは旦那様に任せてジュディを連れて先に帰ることにした。
屋敷についてからは、泣き顔で俺の傷の手当てをしてくれるジュディ。
俺は彼女にも自分にも、もうこんなことは起こさせないと誓った。
3話連続投稿します!




