掴み取る初恋:中編
Side とある貴族の娘
訓練機を試させてもらった夜、私は寝付けなかった。
母が父のために痩せたと聞いたことはあった。
でも、真相は違った。
あの『声』のために、頑張ったんだろう。
私でも少しドキッとしてしまったのだ。
母がそのドキドキのために頑張ったのは、女の私にはわかる。
でも、それは父を裏切っているのではないか?
そう、思ってしまったのだ。
少なくとも、私はそう思ってしまった…
私の場合は、彼。レイトの顔が浮かんできたのだ。
笑顔だった彼の顔がどんどんと曇っていく。
それを思い浮かべてしまってからは、無心で訓練していた。
母の部屋を飛び出し、彼を探して…
そして、泣きながら彼の胸に飛び込んで、言葉を要求した。
思い返せば、私はなんて恥ずかしいことをしてしまったんだろうか。
でも、あの時の気分を晴らすためには、ああするしかなかった。
私は、きっとレイトが好き、なんだろう…
たぶん初恋。
でも、決して実りはしない初恋。
私は貴族。彼は聞いたところ、孤児。それも『獣人』だ。
そんな二人が交わるわけがない。交わってはいけないのだ。
もし彼が、何か偉業を達成すれば…
可能性があるかもしれない。
でも、そんな可能性、簡単にはないのだ。
わかっている。
諦めるべき恋なのだと。
初恋は実らないというもの。私は平気。
彼が隣にいなくても、平気。
でも、彼は?
彼は現在、私付きの執事見習いだ。
そんな彼に、私がほかの男と仲良く話している姿を見せるのか。
私はなんてひどい女だ。
いや、彼が私のことを想っていてくれているとは限らないのだ。
だけど、願ってしまう。
彼も同じように想っていてくれることを。
もう寝よう。
このまま考え続けても、堂々巡りだろう。
明日は彼が育ったという下町で買い物だ。
掘り出し物が見つかるといいな。
そんな浅い考えで、先ほどまでのモヤモヤとした考えを上書きしようとした。
翌日、若干寝不足の私とそんな私を心配する彼。
護衛をつけて、下町に向けて馬車が出発する。
馬車の揺れに少しうつらうつらとする私を心配する彼。
「大丈夫よ。ちょっと寝不足なだけだから…」
と、返すだけの私。
そうですかという彼が何かを思いついたように隣に座る。
今だけですよ?と内緒話をするように、口に指を立て
「私の膝枕で横になっていてください。
到着までまだかかります。着いたら起こしますから」
そんなことを言うのだ。
私は顔を真っ赤にさせてしまう。
でも、眠気があるのは本当だ。だから、少しだけ彼の下で横になることにした。
彼の爽やかな香りを感じながら、まどろむ私。
その短いけれど、幸せな時間。
いつまでも続いてほしいと願った時間。
それもすぐに終わってしまう。
「お嬢様、もうじき着きます。起きてください」
彼の優しい声で起きる私。
私は今日の目的を思い出す。
いつもお世話になっている彼に何かお返しの品を探すんだ。
できれば消耗品がいい。
いくつか商店を見回るが、ここはやはりあそこがいいだろうと思い、移動する。
『黄金商会』。
この名を知らぬ人は、今の王都にはいないだろう。
それくらいの有名店だ。
店舗内には、主に例の上映会の記憶版と上映装置が売られている。
だが、少し視線をずらすと、そこにはちょっとした化粧品コーナーがあるのだ。
私の目的はそこにあるかなと思って近づく。
パッと見ではわからないので、女性店員がちょうどいたので尋ねてみる。
「あの、男性用に使える化粧品はありますか?
手荒れ防止とかでいいんですけど…」
その店員さんは後ろのレイトに視線を向けてから、
「少々お待ちください。商品を探してきますね」
と、言ってくれた。
しばらく待つと、女性店員がこちらが残っておりましたと言って、
手荒れ用の軟膏が入った小さな木の箱を持ってきてくれた。
香りもなく使いやすいとのこと。
「それと、こちらはおまけなので少ないのですが、
香り付きの洗剤です。いかがでしょうか?」
へえ、香り付きの洗剤なんてものも扱っているのか。
香りはたしかにいい。彼にピッタリなイメージだ。
これを水に少し入れて、服を洗えば香りがつくようだ。
「気に入りました。いただきましょう。お代は…」
「そちらの洗剤のお代は結構です。それだけしかなかったのです。
なので、話を広めてもらわなければ大丈夫ですよ」
「わかりました。では、軟膏のお代を」
「たしかに。ありがとうございました」
女性店員の視線がどこか微笑ましいものを見るようで、少し居心地が悪かった。
なので、すぐに店を出ることにする。
馬車の中で、荷物持ちをさせた彼に告げる。
「それはレイトへの日頃の感謝を込めてのお礼よ。受け取ってちょうだい」
と、顔を背けて言う私。
きっと今頃、私の顔は真っ赤だろう。
彼の反応がないのが気になって、彼を盗み見る。
彼はどこか呆けたようにして、商品を見て、それから嬉しそうに、
「ありがとうございます、お嬢様。大事に使わせていただきます」
と、言ってくれた。
よかった、とホッとする自分もいるが、
真正面からお礼を言われてしまい、恥ずかしくなって、
苦しまぎれに、飲み物を売っている店を見つけて、
喉が渇いたわと言って誤魔化した。
私のために飲み物を買いに行ってくれた彼の帰りが、遅いなと感じた。
店先を窓から覗いても彼はいない。
どこに行ったのだろうと思い、護衛に話しかける。
護衛がどこか面白がるようにこう言うのだ。
「ああ、あの『獣人』ならチンピラに追いかけられて、
裏路地に入っていきましたぜ?」
と、私の心の中で何かが弾ける思いがした。
私は怒りのまま叫んだ。
「彼は私の執事ですよ!何を呑気なことを言っているのですか!?」
私は馬車から降りて、急いで彼の下へと向かうために裏路地へと入った。
後ろで「お嬢様!?」と言う声が聞こえたが、無視した。
あんな無能のせいで、私のレイトが傷つけられたら一生後悔する。
レイト、どこ!?と叫びながら走る。
視線の先には、色々な物が倒され、障害物のようになっている道が分かる。
きっと、この先にレイトはいる!そう確信して、私はその道を辿る。
レイトをようやく見つけた。
だいぶ走った。
私は息も絶え絶えと言った状態だ。
レイトがごろつきの男たちに囲まれている。でも、まだ耐えているようだ。
どこかで拾った木の棒を振り回して、男たちを近づけないようにしている。
私は気づかれないように小道の陰から、魔法を使うことにした。
使うのは『拘束』の魔法。あの人数を捕らえるのは厳しい。
数人だけでも捕らえて、レイトに自力で抜け出してもらおう。
そう考えて、小声で詠唱を始める。
出来るだけの男たちを捕まえられるようにと願って。
「大地よ、我が敵を戒めよ。アースバインド」
小道から顔を出して、指先を男たちに向ける。
やった!男たちをほぼ全員捕らえられた!
神に祈りでも届いたのかしら?と思うも、今はレイトだ。
声を張り上げる。
「レイト!今の内よ!こっちに!!」
「お嬢様!?なんでここに?!」
「早く!!」
「へー、こいつのお嬢様かい?」
「こりゃいい。上玉じゃねえか」
「俺たちついてるな。
『紫狼族』とその飼い主を両方頂けるんだからな。売れば金になるぜ?」
「ひっ!」
「お嬢様には指一本触れさせない!」
レイトが私の前で木の棒を構え、立ちふさがる。
よく見ると、何度か殴られた跡が見られる。
私のせいで…
私が飲み物なんか欲しがったせいで…
私は涙を目に浮かべる。
誰か。誰でもいい。この状況を打破して!
私の願いが届いたのかはわからない。
建物の上から誰かが降りてきた。
それはメイドだった。
でも、人じゃない。『機械人形』とでも呼ぶべき人だった。
『マスターが気になるからと、たまたま監視していてよかったデス』
「なんだ、てめえ!」
「メイドごときが何の用だ!」
『そうデスネ。強いて言えば『お客様』の安全確保ですカネ?
あなた方には少し眠っていてもらいマスヨ』
「なんだと!?がああああっ」
「あ、兄貴!?ぎゃああああ」
「くそっ、こうなったらあのガキだけでもっ」
『安全確保と言ったでショウ?眠っていなサイ』
「ああああ!」
『ふう。お客様、無事デスカ?』
「客って、私たちのこと…?」
『そうデス。先ほど『黄金商会』でお買い物していただきましたカラネ。
正しく『お客様』デス』
「助けていただいて、ありがとうございます!」
「ありがとうございます。正直、私では手詰まりでしたので…」
『あなたは『紫狼族』なのですから、もっと物に頼った方がいいデスヨ。
それでは帰り道の安全は確保していマス。
私はここでお見送りとさせていただきマス』
「助言と帰り道の安全確保、ありがとうございます。行きましょう、お嬢様」
「そうだ、レイト、怪我は大丈夫なの?!」
「これくらいは『獣人』なので平気です」
「帰ったら手当だけはさせてね…」
「それでお嬢様の気が済むのであれば」
私は彼の怪我をひたすら心配していた。
笑顔で誤魔化そうとしていないか、とジッと見る。
大丈夫ですよ、と彼は苦笑いするばかりだ。
帰ったら服を脱がしてでも、傷を確認しようと心に決めた。
そして、私たちはそのまま裏路地を無事に抜けて出てこれた。
路地を抜けると、私たちの馬車に人だかりが出来ていた。
なんだろうと、二人で近づくと…
「ジュディ!無事だったかい?!」
「お父様!?」
「すまない。私がこの男を泳がしたせいで、こんなことに…」
「泳がしていたって、どういうことですの?」
「ああ、この男はジーニア伯爵家に縁のある護衛だったのだ。
尻尾を出すのを待っていたのだが、まさかこんな形になるとは…」
「だから、『彼』に対してもひどい対応だったのですね…」
「そうだ、レイト!君の方は無事か?!」
「はい、旦那様。私は少しの殴打だけで済んでいます」
「レイト!帰ったら手当するんだからね!忘れないでね!!」
「随分と仲良くなったようだな、二人とも…」
「だ、旦那様…?」
「パパ、どうしたの?」
「ジュディがお嫁にいくのなんて、私はまだ耐えられそうにない…」
「パパ、大丈夫?」
「お嬢様、今はそっとしておきましょう。
旦那様、我々はお屋敷に戻ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、先に戻っていてくれ。私はまだすることがあるからな」
「わかりました。お先に失礼いたします」
「レイト?ホントに傷は大丈夫?やせ我慢してない?」
「娘がとられた…」
帰宅後、私はレイトに上だけ服を脱がせ、傷を見せてもらう。
私は消毒してから、優しく傷薬を塗る。
染みるようだが、我慢してもらう。
なるべく痛くないようにはしてはいるのだが…
「レイト、ごめんね。私のせいで…」
「いえ、お嬢様は何も悪くありません。私が弱かっただけですから」
「で、でも…」
「今度はお嬢様も守れるように強くなっておきます。
私も二度もこのような思いをするのはごめんですから…」
「レイト…」
「お嬢様、ありがとうございました。だいぶ痛みが引きました」
「あっ…」
「では、お嬢様もお疲れでしょう。今夜はゆっくりとおやすみください」
私はレイトに守られたお礼を言えなかった。
明日には絶対言おう。
明日は音楽の授業が入っている。
彼と奏でる音色がとても楽しみだ。




