掴み取る初恋:前編
Side とある貴族の娘
私はゼフィール家の長女、ジュディ。
父の愛を一身に受け、甘やかされて生きてきました。
そう、『彼』に出会うまでは。
ある日、母に楽器を購入してきたと報告されました。
私は普段からマナーや貴族としての勉学、それに魔法の鍛錬をしています。
この上、楽器の練習まで加わるのは、正直つらいです。
なので、父におねだりして、
魔法の鍛錬だけでも減らしてもらおうとしました。
ですが、母に阻まれました。
「魔法の鍛錬は、自身を守るために必須です!」
と、強めに怒られてしまいました。
私は渋々と楽器の練習を受け入れました。
ですが、父は曜日ごとに、
午前と午後に分けて勉強の時間を変更してくれました。
さすがお父様です。
母もこれならばと、許可を出してくれました。
そして、音楽の授業になったときに、
母が『獣人』の男の子を連れてきました。
なんでも、現在執事見習いで、私の音楽の家庭教師を務めるとのこと。
こんな子に家庭教師が務まるのでしょうか?
今も緊張しているように見えるのですが…
この子くらいならちょろいと思って、練習を抜け出しました。
私は広い庭を散策します。
外の空気はやはりおいしいです。緑に包まれていると落ち着きます。
そんな中、綺麗な虫を見つけました。
私はほかの子と違って、虫は平気です。むしろ好きな方です。
この時もこの綺麗な虫を触ろうとしたときでした。
「危ない!」
そんな綺麗な声が聞こえ、ドキッとしてしまい、手を引っ込めます。
手を引っ込めると同時に、何かに引かれて抱きしめられます。
それは、あの『獣人』の少年でした。
真剣な顔をした少年の横顔に、不覚にもドキッとしてしまいました。
少年は綺麗な虫を木の棒で地面に落とし、踏みつけ始めました。
「なっ、何をしているのですか!?」
私は驚きのまま怒鳴ってしまいました。
ですが、彼は冷静なまま、
「これは少々危険な毒虫です。お嬢様、お手に触れていませんか?」
と、私の無事を確認する。
その声にドキリとしつつ、
「だ、大丈夫よ。触れてなんかいないわ!」
と、強がってしまった。
少年は安堵して、私を連れて庭師のところに行き、
あの虫の目撃情報を告げて、早急な処置を頼んでいた。
私はあれよあれよという内に、物事が進んでいくのを呆然と見ていた。
そして、楽器のある部屋に連れていかれていた。
ふくれっ面の私を彼は苦笑いして、
「さあ、お嬢様。練習いたしましょう」
と言うのだ。
私はただ練習したくない思いで、
「なら、あなたの腕前を披露しなさいよ」
と、意地悪を言ってみた。
彼は仕方ないですね、と言い目の前にある楽器の椅子に座る。
そして、彼は綺麗な声で歌いながら、その楽器を弾くのだ。
何て綺麗な音色。そして、歌声…
私は楽器の音色と彼の歌声に、否応なく惹かれてしまった。
こう、心を鷲掴みにされたと言ってもいい。
それくらい私はこの光景に見惚れていた。
彼の演奏が終わる。
私はそれがとても残念だった。
彼の演奏を、歌声をもっと聞いていたい。素直にそう思ったのだ。
「お嬢様?いかがでしたでしょうか?」
「ふ、ふん!ま、まあまあね!」
「そうですか。それはよかったです」
「なにを喜んでいるのよ!まあまあだったと言っているでしょ!」
「お嬢様の顔と雰囲気で、察せますよ。合格だったんだなと」
「なっ!?何を言ってるのかしら!
ほらっ、練習するのでしょう!教えなさい!!」
「はい、お嬢様。では、まずは基本的な音階から…」
その後、私は彼と一緒になって練習をした。
時には弦楽器も練習した。彼はとても器用だ。
どんな楽器も綺麗に弾きこなす。
同時に歌うなんて、私にはできない。
いつか私にもできるかなって聞いたら、
「ええ、お嬢様にもできるようになりますよ。意識を切り替えればいいのです」
と、肯定しながら、とても難しいことを言うのだ。
その時ばかりは、教本で頭を叩いてしまった。
私に珍しく自由時間が出来た。
私は母の私室に向かい、
父との仲を発展させたという体感訓練機に興味を示す。
母に許可をとり使用させてもらう。
母は私が使う前に何かを思って、魔道具をいじっていた。
私は話に聞いていた通りに、魔石に魔力を流す。
画面の指示に従い、事前設定をしていく。
ここで「あれ?」と思ってしまう。
母が使っているなら、こんなことは聞かれないのでは?と。
まあいいか、と流した私はこの後後悔する。
私は難易度を優しいに設定して、訓練機を使ってみることにした。
私が操作がわからないでいると、生意気そうな声が聞こえてくる。
「足を大きくあげて足踏みをするんだよ」
その声に私は感情を揺らしそうになるが、素直に足踏みする。
多少ドスドスと音を立ててしまった気がするが、大丈夫だろう。
そのまま足踏みを続けていると、今度は障害物が目の前にある。
ここでまたあの生意気そうな声が聞こえてくる。
「障害物は拳で壊すんだよ、殴れ!」
私はその声の主を殴るつもりで、拳を振るう。
障害物が無事に壊れ、進めるようになった。
「ほら、さっさと歩け」
言われなくても歩きますわ!と声に出してしまう。
その声に導かれながら、目的地に向かう。
「ほら、飛べ!」「障害物だぞ」「歩く速度が遅いぞ」
などと、何度も生意気な声を聞き、私の不快度は上がっていった。
目的地に着いた。
「ふう。やっと着いたな。ほら、水だ。次はもっと早く到着したいもんだな」
なんですってええええ!
私は怒りのままに、母に報告する。
「お母様!なんですの、これは!すごく生意気なんですけど!!」
「ふふっ、私も昔はそう思ったわ。でも、続けていくとこうなるのよ?」
「何をしているのです、お母様?」
「いいから、もう一度使ってみなさい」
「私はもう嫌なのですけど…」
「あなたもわかるはずよ、これのよさが」
私は母に言われ、渋々ともう一度使うことにした。
今度は事前設定がない。そのまま訓練が始まる。
そして、優しく、かつどこか甘い声が聞こえてくる。
「おや、娘さんかな?一緒に頑張りましょうね?」
先ほどと同じ声質なのに、まったく違う人に聞こえる。
私がぽーっとしていると、操作の説明がされる。その声も優しい。
「操作がわかりませんか?足踏みをするんです。
負担のないように足も上げましょう」
なにこれ?なにこれ?!全然さっきと違う!!
ドキドキが止まらない!
その時『彼』の顔がチラッと浮かんでしまい、胸が痛んだ。
「右ですよ、お嬢様」
「障害物です、壊しましょう」
「足は痛くないですか?」
その後も続く案内。でも、私の頭には『彼』の顔ばかり…
私は全然集中できず、気づいたら目的地に到着していた。
「お疲れ様です、お嬢様。よくここまで頑張りましたね。
この後は水分をとって…」
私は労いの言葉の途中で、分厚いカーテンをめくって、外に出た。
「あら、どうしたの?お気に召さなかった?」
「いえ…」
「…どうして、泣いているの?」
「なんでもありません!」
私は母に向かって声を荒げてしまい、
「失礼します」
と、言って慌てて退室した。
今は彼に会いたい。
あの声を上書きして欲しい。
ちょうどよく彼を見つけた。
私はマナーなど忘れて、彼に向かって走る。
彼は私に気付き、その胸に抱き留めてくれる。
「どうしました?お嬢様?」
彼の声に安堵する。
私はそのまま彼に指示をする。
「よく頑張りましたね、って言ってちょうだい」
私の泣き声交じりの声に、彼が真剣な顔で、
「よく頑張りましたね、お嬢様」
と言って、頭を撫でてくれる。
私は「ああ、ここが私の居場所なんだ」と思った瞬間だった。




