73.素敵な夢を見ていました
お読み頂きましてありがとうございます。
「母さん! だってあれは事故だってっ言ったじゃないか。」
合気道の寒稽古で海辺に行った俺たち。まさか上条さんまでその場に居たのか。
足を滑らせた俺は海の深みにはまった。そのとき父さんに助けて貰っただけど、真冬の海に飛び込んだ父さんはそのまま帰らぬ人となったのだ。
「ごめんね。あなたの記憶が混乱していたの。だから、つい嘘を吐いたのよ。」
俺はその後、自暴自棄になっていたと思う。父さんが実の父親じゃなく加納家から派遣されてきたボディーガードだと聞かされて、仕事だったと納得出来ないながらも説得を受け入れたのだ。
「何があったというんだよ。」
「私が悪いの。溺れた振りなんかしたから。」
「上条さんもあの場所に居たの? 嘘。寒稽古は男しか参加出来ないはずだよ。そうだよね母さん。」
母親がぎこちなく笑って頷く。
「私はあのとき、男の格好をして稽古に通っていたの。」
男の娘の反対だ。この場合、なんて言うのだろう。適当な言葉が浮かばない。トランスジェンダーなのかな。
「何でそんなことを。」
「当時・・・周囲に女の格好をしている男性や男の格好をしている女性が沢山いたの。それで勘違いしたの。好きな格好をすれば、その性別になれるのだと。でも間違いだったわ。男の子を好きになって初めて解ったの。私は女の子だと。」
なるほど、トランスジェンダーが周囲に普通に居る環境で育ってきたんだな。道理で上条さんの父親である学年主任は差別しないわけだ。
「まさか。告白してきた男の子は。」
道場の帰り道で告白してきた男の子なら記憶がある。
「そうよ私。」
当時の俺は男同士の恋愛なんて考えられなかった。冗談扱いをした。酷い断りかただ。まあ今でも丁重にお断りさせて頂いているけど。
「ごめんね。」
「何、謝っているのよ。悪いのは私。私なの。しかも何を血迷ったか。溺れた振りをしてまで、気を引こうとしたのよ。」
その辺りは全く記憶が無いけど、次にとったであろう行動なら解る。要らぬ男気を出して助けにいったのだ。
だったら・・・。
「父さん・・・が死んだのは・・・俺の所為じゃないか。」
思わず駆け出していた。
「あっ・・・待って!」
上条さんの手を振り払い、母さんの横をすり抜け、階下に降りる階段を目指して走る。
いたたまれない気持ちでいっぱいになったのだ。
要らぬ男気を出して大失敗をやらかしたというのに反省もせずに次々と要らぬお節介を焼き続けた。思えば危ない橋を数多く渡ってきた。偶然、成功したから良かったものの。失敗すれば多くの人を悲しませる結果になっていたことも多いのだ。
とにかく1人になりたい。
「チーくん。どうしたのよ。」
陽子さんだ。
「離してっ。」
捕獲された。力いっぱい振りほどこうとするが凄い力で押さえつけられてしまった。
「ダメよ。どうしたの。いつも冷静なチーくんらしくもなく興奮して。涙で前が見えなくなっているでしょ。それじゃあ、この先の階段でコケるわよ。」
「1人になりたいんだ。」
「そう。」
☆
ここは何処だろう。
あっ、見覚えがある。
あの座敷牢だ。
両手は相変わらず紐で拘束されていた。手首、足首は真っ赤でところどころから血が出ている。
あの長襦袢も着ている。何か長い間夢を見ていた気がする。都合の良い夢だ。あのクスリの作用で夢を見ていたのだろうか。そうに違い無い。これが現実なのだ。
誰とも解らない女性に誘拐され、一生幽閉される人生。それもいいかもしれない誰にも迷惑を掛けずにすむ。
「正気に戻った?」
あの女性だ。俺を誘拐してきた陽子さんが覗き込んでくる。
『キャラメ・ルージュ』の常連、そして裏社会の人。何故か、俺にのしかかっている。エッチの真っ最中のようだ。
「アタシは死ななかったの?」
自分で望んだとはいえ、クスリを盛られ、自分の中へ男を受け入れた・・・・・・わりにはお尻が痛くない。まだこれからなのか?
「興奮して手が付けられなかったわ。私なんて頭突きを喰らって目の回りがアザになったのよ。どうしてくれるのよ。」
何故か優しい笑顔だ。アザだという場所は化粧でカバーされていて良く見ないと見えない。
しかし、誘拐され暴れたならば、殺されても文句は言えないはずなのに。怒ってないのだろうか。
「クスリが切れたみたいです。」
夢の続きが見れるならば、もうどうなってもいいや。そう思えるほど素敵な夢だったのだ。
「鎮痛剤は打ってないわよ。手首とか痛い? 外そうか?」
ええっと、話が噛みあわない。どうなっているんだ。
「えっと・・・記憶が混乱しているみたいです。アタシ誘拐されたんですよね。」
話を整理するには時間を戻す必要がある。
「今回は誘拐じゃないわよ。ちゃんとお母様に了解を取って連れて来たわ。」
母さん?
誘拐された現場に母さんが居たっけ?
「すみません。もう少し前に遡って教えて頂けませんか?」
ますます解らなくなってきた。
「学校の廊下で私に羽交い絞めされたのは覚えている? 余りにも暴れるもんだから、当て身を食らわせて気絶させて、この部屋に連れてきたのよ。念のため、拘束させて頂いたわ。それから3日3晩、順子さんと優子と私の3交代で世話してきたのよ。」
あれれ・・・。どうやら、夢だと思っていた方が現実だったようだ。
しかし、これを世話というかな。
「世話というよりイタズラじゃあ。」
「ああそうね。少しくらい役得が無いとやってられないわ。他の2人も似たようなことをしてたわよ。交代の時間になっても夢中になっていたりね。」
つまり3日3晩、意識の無い状態でエッチし続けたってこと?
何か大事なことを忘れている気がする。
いやエッチを思い出したいわけじゃないんだけどね。
何故、俺は興奮していたんだっけ・・・・・・・・・・・・・・・・・。
そうか。
父さんが死んだ理由を知ったんだ。意外と落ち着いている。心の整理には早いけど、時間が解決してくれたみたいだ。
「そろそろ、手足の拘束を外してくれないかな。」
「さあて、どうしよっかな。次の交代の時間まで2時間くらいあるのよ。やっぱり、意識の無いお人形よりも意識のある人間のほうが楽しめるってもんよね。」




