71.諦めました
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「ようやく諦めたようね。」
ある朝、冷やかな笑顔の五代さんが久しぶりに現れた。上条さんは右隣を歩いていた順子さんとの間に割り込み腕に抱きついてくる。
「随分、ご無沙汰だったね。」
五代さんと上条さんが揃って現れるのは久しぶりだ。文化祭以来かな。
「貴方ねえ。何したか覚えてないの。」
「何かしたっけ。そうそうウォーキングを教えてくれたから、お礼に花を贈ったんだよね。気に入らない花があった? 山品家ご用達の花屋を使ったから、結構豪華になったと思ったんだけど。」
銀座のママである陽子さんはお得意様のお祝い事がある度、お花を贈ることにしているらしい。それに銀座の店の娘に贈る花も古くからの常連さんは、店の娘たちの好みを理解している、その花屋を使うことが多いということだった。
「知らないわ。すぐにこの子に渡したから。」
俺がとぼけると口を尖らしたまま言う。
「えーあげちゃったの。」
「あこがれの人から貰った。知り合い以外から貰った初めての花束を。涙を飲んで渡したわよ。この子に取っては誰が用意したかが重要なの。誰が誰に渡したなんて重要じゃない。物凄く豪華だったなんて関係無いの。」
俺のことを睨みつけながら言い放つ。余程、悔しかったらしい。
知らないなんて言っておいて花束が豪華だったことまで、ちゃんと見ている。心の中で散々逡巡したらしい。でも俺が用意した花束を渡すのが一番の慰めになると踏んだということなのだろう。
花束は五代ダンススタジオの発表会で貰い慣れているだろうと踏んだ俺は、ユウタから渡すこと。必要以上に豪華すること。五代さんの人となりを花屋に伝えて一番貰って嬉しい花束にしたはずだったのだ。
女の人というだけで貰った花束を他人に渡すなんて普通ありえないけど、それだけの障害を設けても、突破されてしまったらしい。五代さんの上条さんに向ける愛情に敵わなかったということだろう。本人は気付いて無いだけのプラトニックなビアンなのかな。
「『大嫌い』とまで言ったんだけどね。ダメだったわ諦めるしか無いみたい。」
本心じゃなかったが『大嫌い』なんて言うんじゃなかった。本人はケロリとしているが俺は引き摺っているようだ。
「それでこの子を恋人にしてくれるの?」
「ううん。元に戻っただけ。告白もされてないし、告白する予定も無いわ。意外と実害が無いから放置している感じかな。」
別に押し倒されるわけでも、肉体関係に迫られるどころかキスさえ迫ってこなかった。ただ横に引っ付いていたいだけ。以前にあった射殺すような視線も無くなった。それこそビアンカップルを見るような視線でライバルにもならないといった感じだ。
どんな怪奇的な要求をされるかとビクビクしていたのだが、至って普通の彼女という感じだ。清純ぶっているわけでも無く、これが地らしい。
これまでがこれまでだったから、物足らなくなっているのかもしれない。
「そうなの? でもデートしているって聞いたわよ。」
上条さんがペラペラ喋っているところなんて想像できないけど、五代さんには全て打ち明けているようだ。
「そうねえ。この間は集団デートしたわね。ここに居る皆で遊園地に行ったわ。」
他に陽子さんも居たけど。
周囲から見れば、保護者付きの男3対女3の集団デートだ。2人乗りの乗り物ではじゃんけん大会が始まったけど、上条さんも楽しそうにしていた。
「どうして・・・私も誘わないのよ。」
実は上条さんが嫌がったのだ。
「五代さんもアタシとジェットコースター乗りたかったの?」
「そんな訳無いじゃない。」
「そうよね。男たちがアタシをエスコートしたがり、女たちがアタシにエスコートされたがる環境で五代さん1人上条さんのフォロー役?」
上条さんが嫌がったのも解る気がする。五代さんは過保護すぎるのだ。
「ああ拙いわね。でもいいなあ。これだけイケメン揃いの集団デート。」
本心はそんなところにあるらしい。女の子だなあ。




