52.オネエは社長も代行するようです
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「うわぁ。可愛いじゃないトモヒロくん。触ってもいい?」
荻尚子さんは俺が席に着くなり、手を伸ばしてくる。ヤバイよこの人。
「駄目です。風俗のお店じゃないんですから、只の喫茶店なんですよ。ここは。」
やんわりと、でもキッパリと拒絶する。時々、男性のお客様でも触ろうとしてくる人がいるのだが、嫌よ嫌よも好きなうちとばかりに、男が好きだから女装するのだと誤解して止めてくれないときがあるのだ。
「そうなの? でも指名すれば目の前で座ってくれるんでしょ。スカートの中とかどうなっているの?」
次はセクハラかよ。この人の頭の中はどうなっているんだ。女の人だよね。全く。
「普通に女性用の下着を着けてますよ。」
「へえ、その姿でひとりエッチとかするの?」
セクハラが段々と酷くなってくる。男性でイジワルな質問をしてくる人が偶にいるが、ニッコリ笑いかけると黙り込む。この人には通用しないらしい。
「ノーコメントです。」
確かにそういう女装さんも居るが居ても、するなんて言わないだろう。気の弱い女装さんなら逃げ出してしまうところだ。
「えー、つまんない。私とならエッチ出来る?」
「ノーコメントです。ところで女装イベントで何の演出をして頂けるんでしょう。」
『キャラメ・ルージュ』の男の娘は夢を見せる職業なのだ。エッチな質問には答えなくていいことになっている。顔を赤らめるような演技も必要だが、この人にはいらないだろう。
「私はあの人のメッセンジャーなの。」
あの人とは元バイト先の社長のことだ。
「それを先に言ってくださいよー。それで?」
「あの人。ちょっと困ったことになっていてね。少しの間、社長の椅子が空いてしまうかもしれないのよ。それで座るだけで構わないから社内の動揺を抑えてほしいらしいの。」
俺はバイト先で元社長のコピーとか言われている。社内の業務では社長の考えを代弁できると自負している。万が一、社長が居なくなった場合は社長を代行できるくらいソックリなのだそうだ。
「そんなぁ。アタシだって動揺するわよ。あの人が居なくなったら。」
「でも他の社員ほどでは無いでしょ。特に奥様が動揺し易い方だから余計に心配みたい。」
社長の奥様はZiphoneグループのCEOの娘だ。心も身体も強靭なタイプなのだが、社長のこととなると酷いことになるらしい。
「でもそこまで抑えられないですよ。」
「そこは気にしなくてもいいわよ。社内だけでいいそうよ。それで報酬の前渡しとして、ショータイムの演出を仰せつかったわ。もちろん、あの人のポケットマネーよ。」
荻尚子さんはいくつかのショーパブの演出も手掛けていて、その1つにニューハーフのお店もあるのだ。
「ニューハーフショーですか。」
「何よ。駄目なの?」
「過剰演出は止めて、ダンスのショーにしてください。」
「えっ。つまんない。若い女装さんなんでしょう。ヤリタイ盛りじゃない。裸の1つや2つあったほうがいいんじゃないの?」
確かに女装が好きな女装さんやおっぱいの好きな女装さんも多いけど、ニューハーフの裸まで見たいだろうか。
「できれば将来の選択肢のひとつとして見せてあげたいの。イキナリ裸じゃ。嫌だと思う子のほうが多いと思うわ。」
昔は女装というか性同一性障害の職業選択は、隠して普通の会社員をやるか。ゲイバーで働くしか無かったのだ。しかし、低賃金だが今は女装姿のままで働けるところも増えてきているのだ。
かと言って性転換費用まで捻出しようと思うと選択肢が無くなってしまう。できれば裸にならないで済むショーパブがあればいいのだが、高賃金を求めるならば無理な相談なのだ。
それでも初めから選択肢が無くなってしまうよりは、ずっといい。大人になって割り切れるならば飛び込んでみればいいのだ。駄目なら辞めればいい。
「わかったわ。過激な演出は避けてダンスと相談相手くらいかしら。」
こちらの意図を汲み取ってくれたようだ。実際に性転換まで考えている子ならば、相談相手としてうってつけだ。
「こちらからもあの人に託を頼んでもよろしいですか?」
「高いわよ。」
そう笑いながらも請け負ってくれた。祖父から貰った化粧品会社と社長の持つ製薬会社の合弁企業を設立したいのだ。その概要書も作成してある。後は渡すだけだったのだ。
化粧品の原料の精製水ひとつでも製薬会社から直接仕入れられれば随分コストダウンが図れるのだ。それに気付いた俺は合弁企業の概要書を作成してあったのだが、社長に甘えてしまうようで渡しづらかったのだ。
「当日は先生もいらっしゃるんですか?」
「もちろん来るわよ。若い女装さんのエナジーを吸収したいの。」
言うことが親父臭いな。演出も親父臭いと言われているが、そこが受けている原因らしい。世の中、良くわからないよな。
「まあいいでしょう。お持ち帰りしては駄目ですからね。」
「えっ・・・・・・・・しないわよ。そんなこと。」
今の間が全てを物語っていた。当日は気をつけなければいけないらしい。




