28.オネエが苦手とする人もいるようです
「ごめんなさいね。」
陽子さんの全然すまなそうじゃない顔が癪に障る。
ここは銀座のバーで陽子さんのお店だ。俺といえばあの後『キャラメ・ルージュ』で女装させられた上、お店に連れ込まれた。興味もあったから、単に見学しに来ただけのはずだった。
それなのにさっきまで休んだ女の子の変わりにホステスの真似をさせられていたのだ。
いくらなんでも拙いだろう。未成年を見学させただけでも拙いだろうに未成年をホステスとして働かせたのである。間違いなく営業停止だ。
しかも男の子を女の子と偽っての営業だ。業界内では普通に居るらしいが、それは性転換済みの大人の女性だ。戸籍も変更しているはずなので法律上問題無いはずだ。
でも社会的にはどうか知らないが銀座の一流のバーでやることじゃない。何を考えているのだろう。
「何故、こんなこと。」
「だって、レッスン中はあれだけイキイキとしていたチーくんがレッスンが終った途端、魂が抜け落ちたような顔に変わるんですもの。女を磨くには銀座が一番よ。ドキドキしたでしょ。物凄くイキイキしていたわよ。」
「ええドキドキ、ハラハラさせて貰いましたわ。でもたったそれだけのために、こんな危険なことを?」
「そうね。私に出来ることといえばコレぐらいだもの。」
「ありがとうございます。」
他に方法もあるだろうに全身全霊を掛けて慰めてくれたのだ。バカみたいに礼を言うしかできない。
「そんなに危険でも無いのよ。事前情報の無いガサ入れなんて殆ど無いわ。あってもこの時期じゃない。それに休んだホステスへの戒めにもなるしね。驚くでしょうよ。代わりのホステスが客の話題をさらっていたら。自分の居場所が無くなると考えてくれれば続けて使ってあげるけど、そうじゃ無ければクビね。」
銀座のホステスの世界は厳しいらしい。でも大袈裟だなあ。確かにアチコチの席から声が掛かりチヤホヤされた気がするけど、珍しいからだろう。
「今日は本当に勉強させて頂きました。」
「じゃあ、今日の分のお給料ね。うちは日払いだから、遠慮せず受け取っておいて。」
「はい。頂戴します。」
「ダメよ。ちゃんと確かめて。男の世界では相手を信用しているという意思を示すことができるけど、女の世界では舐められるだけよ。相手の目の前で勘定して、明細も確かめて頂戴。」
封筒をそのまま仕舞おうとしたら怒られた。なるほどこういう意図があったのか。なんとなく格好良いから真似していたが、その時々で変えていかなければならないようだ。
「これ幾らなんでも多すぎませんか?」
銀座とはいえ、たった3時間働いただけの金額とは思えない。陽子さんがイロを付けたにしても多すぎる。
「ちゃんと明細も見てと言ったよね。この時間に入ったボトルの数としては驚異的な数字よ。それ全部、チーくんが席に付いたときに入ったボトルなの。誰にも真似できない強烈な銀座デビューだったわ。」
確かに付いたお客様毎にボトルを入れて貰った気がするが、普通のことだと思っていたのだ。それが給料に跳ね返るなんて知っていたら止めただろう。
「そんなのダメです。全てアタシが払いますからお客様に返してください。」
こんなの詐欺だ。たった1日、たった3時間しか居ないホステスのために払って戴くようなものでは無い。この店が長い間掛けて積み上げてきた信用も全て失ってしまいかねない。
「大丈夫よ。銀座に通ってくる男性は敏感なの。逆に逢えなかった常連さんが悔しがるわ。伝説になるかもしれなくてよ。」
「はい。ありがたく頂戴いたします。」
そこまで言われたら付き返すこともできない。
「じゃあ、送っていくわね。」
「なんでしょう?」
『キャラメ・ルージュ』で制服姿に戻り、待っていて貰った車に乗り込むと陽子さんに溜め息をつかれてしまった。そういえば彼女の前でスッピンは初めてだっけ。
あの座敷牢での出来事は計算に入れないでおく。スッピンはスッピンでも酷い顔だったに違いない。
「何処をどう取れば、普通の男の子なのよ。化粧しなくても、そのままで十分ホステスとして銀座で働けるレベルよ。」
「ありがとうございます。でも男の子相手には誉め言葉になってませんよ。今日の陽子さんは格好良かったです。」
「惚れた?」
「ええ。アタシ惚れ直しましたわ。」
「嬉しいことを言ってくれる。じゃあキスしてくれる?」
「内緒なら。」
相手も解っているだろうが、今日は随分とギリギリの橋を渡らせてしまった。順子さんじゃないけど、少しは自覚して貰わないといけないよな。
「もちろん内緒よ。」
後部座席で唇を重ねる。唇を離したあとに肉食獣のような視線を感じた。
「やっぱりタツヤのお母さんですね。そっくりです。」
「何よ。いきなり現実に引き戻さないで頂戴。」
「もちろんワザとです。しっかりしてください。流石にお母さんの暴走まで止められませんからね。」
「ちょおっとー。せっかく褒めたんだから、普通エンドマークですよね。なんでアタシここにいるのでしょうか。」
翌日、学校帰りに陽子さんに拉致られた。本気でそういったプレイが好きなのかと思い、楽しめばいいかと思ったのだが女装させられ、銀座のお店の裏口にいた。
「ごめんなさい。どうしても断れない客なのよ。お願い助けると思って。この通りだからね。」
陽子さんが俺の前で手を合わす。昨日のことを聞きつけてきたらしい。なるほど敏感な客だ。
「どういったお客様なんですか?」
「昔、銀座のお店で働き出したばかりのころ、初めて同伴してくださった方なのよ。」
「それって酷く無いですか。つまり初めての男なんでしょう。そんな男をアタシに接待させるなんて、アタシだって嫉妬くらいするんですよ。・・・なんですか。その表情。」
「いや嫉妬してくれるんだと思って・・・ごめんなさい。酷いこと言っているわね。でも蓉芙財閥やZiphoneグループに顔が利く方なのよ。怒らせてしまうと多くの客を失うことになってしまう。だからね。あのお客様だけでいいから。お願い。」
聞き慣れた名前が出てきた。蓉芙財閥はカノングループが参加しているし、Ziphoneグループは言わずとしれた携帯電話通信会社Ziphoneを中核とする企業でバイト先の社長が副社長を務めており後継者として指名されている。
「田畑洋一さんですか?」
あのグループの両方に顔が利くとなると社長とあの人くらいしか思い浮かばない。バイト先の会社の子会社となった田畑薬品の元社長だった男だ。一時期はバイト先で役員を務めていたが今は蓉芙財閥系の家電量販店の社長を務めているはずだ。
「なんで知っているの!」
「ちょっとした知り合いです。」
流石に元上司だったとは言えない。あの男にバレるのはいいが奥様にバレるのは拙い。あの人は引っ掻き回すのが好きなのだ。バレたとしても口止めできなければ、あっという間にバイト先の従業員たちに知れ渡ってしまう。
いや、あの人もオコゲの一種だったはずだ。自分だけが楽しめるほうが嬉しいはずだ。
ここに旦那が来ていることを伝えれば恩も売れる・・・と思うんだが・・・引っ掻き回される可能性も高いが何も手を打たないよりはいいだろう。
「何をしているの?」
俺がSNSを通して連絡を入れていると不思議そうな顔をする。一介の高校生と一流企業の社長では接点が無いと思っているのだろう。そうこうしているうちに返事が来た。すぐに飛んでくるそうだ。
「助っ人を呼びました。少しだけ相手してきます。」




