29.お店の存亡を掛けて戦いました
「洋一さん。この子がチヒロよ。昨日はお試しで出て貰っただけなの。無理言って来て貰ったんだから、粗相しちゃダメよ。」
「チヒロです。洋一さん。よろしくお願いします。」
俺がペコリと頭を下げると目を細める。まさか初見で見破られている?
「おいおいママ。俺をなんだと思っているんだよ。」
違ったらしい。これなら奥さんを呼ばないほうが良かったか?
もう遅いけど。
スマートフォンを出してテーブルの上に置く。あらかじめSNSの音声通話で奥さんに通じている。きっとあの人のことだ。最も効果的と思うタイミングで入ってきてくれるに違いない。
「そうお。前の奥さんと別れたばかりの頃は、良く管を巻きに来ていたじゃない。」
昔のことを知っている人間が居るバーなんかに良く来れるよなあ。俺だったら嫌だ。
「あ、あれは・・・。」
「今は新しい奥様がいらっしゃるんですね。さぞかし可愛い奥様なんでしょうね。」
俺はすかさず助け舟を出す。このあたりの呼吸は昨日培ったからなんでもない。奥さんは外見は可憐なタイプだ。中身は全く可憐なんかじゃないが。
「そんなこと無いぞ。結婚する前から図太かったが子供を産んでからはさらに図太くなった。」
『君のほうが可愛い』のセリフくらい返せないのかな。全然スマートじゃないよな。この男。陽子さんも何処が良くて同伴なんかしたんだろう。玉の輿につられたのか。
「図太いんですか?」
「そうだ。どんなことでもネタにしてからかうんだ。酷いだろ。」
酷いか?
この2人の丁々発止のやりとりは面白かったし、この男も結構嬉しそうにしていたけどなあ。
「へえ。どんなことをネタにするんですか?」
「俺の苦手なものや好きなものをあげつらうんだぞ。仕舞いには浮気までネタにされたときには理解できないと思ったね。」
それだけ旦那のことを良く見ているんだ。気付いてあげようよ。
「浮気まで笑い飛ばしてくれるんですか? アタシ素敵な奥様と思いますよ。」
「そうかな。」
照れ笑いをしやがった。ウザっ。
「そうですよ。それなのに浮気なんかしちゃダメじゃないですか。」
「あれは不可抗力だったんだ。酔い潰れたあと、お持ち帰りされるなんて思わないじゃないか。」
良くそんなこと平気でベラベラ喋るな。だからネタにされるんだよ。そんなの黙っていれば済む問題だろ。
しかし、奥さんが入ってこないな。SNSの向こうでは腹を抱えて笑っているんだろうな。もう少しイロっぽい方向に向わないと話が進まないぞ。
「ママ。このひと。いつもこんな風なんですか?」
「そうね。からかいやすい人でね。ネタの宝庫だったから良く利用させてもらったわ。」
「陽子が一番最初にお持ち帰りしたんだよな。しかも恋人にして欲しいんだと思ったら友人を紹介しろとか。絶対俺のこと、友人たちとの話のネタにしやがっただろ。」
なるほど、この男のコネを利用して銀座でのし上がってきたんだな。手放せない駒なんだ。
「そうだったかしら。私は皆様の恋人ですからね。」
陽子さんはすっ呆ける。水商売では誰それとエッチした話はご法度だ。事実だとしてもそんなことを言ってもスルーされる。
「なんだか普通の娘だな。それに何年も銀座に居るみたいに落ち着いているよな。本当に今日が2日目か?」
「そうよ2日目。でも本当に落ち着いたわね。どうしたのかしら。」
覚悟を決めたからだよ。昨日はバレないだろうかとビクビクしていたけど、お店の存亡を掛けた戦いなんだから覚悟も決まるだろうよ。
「今日のアタシは貴方だけの恋人よ。それに。」
耳元で『16歳なの』と囁くと途端に男の目の色が変わる。年配の男性って年齢で態度が変わるんだよな。単純すぎる。
「そんな年齢なのか陽子。」
「えっバラしちゃダメじゃない。チヒロさん。」
陽子さんの顔色が変わる。どうせ今日限りなのだ。この男には口止めできる最強のジョーカーが残っている。
「だから多少のオイタは大丈夫。ママに怒られないわ。」
男の掌を自分の胸に持ってくる。そうは言っても、この下にあるのは順子さんに買って貰ったシリコンだ。男は恐る恐るシリコンの胸を触る。その動きに合わせて、色っぽい声をあげると陽子さんが不機嫌になっていく。やり過ぎだったかな。後で暴走しそうだ。
「やん。そんなにガツガツしないで。」
この場所が少し離れたところにある所為か。調子に乗ってお尻まで触ってきた。
「アナタ!」
ようやく助っ人が来てくれた。俺の身体は男の膝の上だ。これなら言い訳できまい。
「お、お前。どうして此処へ。」
俺が呼んだんですよ。
「何よ。今度は本気で浮気しようっていうのね。こんな若い子を膝に載せてご満喫ねえ。」
「これは違うんだ。この娘が乗ってきたんだ。」
「何ですって! このドロボウ猫っ。」
「そういう貴女もドロボウ猫でしょ。どうせ前の奥様から略奪したんだから!」
この辺りの情報は社長が漏らした。変なところで使えるもんだ。
「アナタ! どうしてそんな情報をペラペラと喋るのよ。」
あー楽しい。事前に修羅場を演じる打ち合わせだったがほとんどアドリブだ。やっぱりノリがいいよな。この人。
「あ・・・いや・・・それは・・・。」
男は混乱している所為か。俺が何故そんな情報まで握っているのか気付いていないみたいだ。
「とにかくアナタは外へ出て! タクシーが待たせてあるの。今日はきっちりとお説教しますからね。」
奥さんが男の耳を引っ張って行く。
「ママ。お見送りに行ってきます。」
奥さんはタクシーに男を押し込むと俺も乗り込んだ。
「ええっ何で!」
そりゃあ、まあ驚くよな。修羅場から逃げ出してホッとしたところへ元凶である俺が乗り込んできたのだから。
「運転手さん出して元の住所に向かって頂戴な。」
「何でチヒロさんが乗り込んでくるんだ!」
「もちろん戦い足りないからでしょ。」
タクシーの中で散々罵りあいをしていると男は大人しくなっていった。
「さあ着いたわよ。」
「またのお越しをお待ちしております。」
俺がタクシーのところでペコリとお辞儀する。
「あんな醜態晒して、銀座に行けるかよ。」
まあそうだろうな。目論見どおりだけど。
「アナタ! さっさと来る。トモヒロ君。連絡ありがとう。約束通り、あの店には影響無いようにするからね。」
「これアタシの主戦場です。よろしかったら、ご夫婦でお越しください。」
『キャラメ・ルージュ』の名刺を手渡す。奥さんだけが楽しめる情報を与えることで情報の拡散を予防しようというのが狙いだ。奥さんにとっては旦那をからかうネタになって一石二鳥だ。
「そうね。行かせて貰うわね。」
俺はそのままタクシーに乗り込み店に戻って貰った。
店に入っていくとママが待ち構えていた。そのまま裏口に引っ張られていく。
「いったい。どういうつもりなの! お店であんな醜態晒して。」
多分、お店じゅうに響いているであろう声で怒鳴りつけられた。




