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第五-二話 ほんとうの休憩

 ぼくはさっきの全力疾走のせいで今にもその場に倒れこんでしまいそうだった。美村香奈の言葉に気遣える余裕もなく、

「そんなこと思ってないって。……ほら、まあちょっと座れるところ行こうよ」

「……だから、気ィ遣ってくれてるんでしょ、そんなに」

 と低い声色で言う美村香奈に、ぼくはようやくその態度を改める。そして一息つくと、素直に言おうと決心した。

「あのさ。ぼくは、美村のこと、その……けっこう尊敬してるんだよ」

 恥ずかしさをまぎらすために「実はね」と蛇足を付け足して、ぼくが神社へ続く階段に足をかけると、「はあ?」と美村香奈もそれに続く。それよりなんで神社に上ろうとしているんだ自分よ。

「なっ、なんなのよいきなり。それで……、私はそれをどう受け取りゃあいいのよ」

「さあ。ぼくも自分が何言ってんのか分かんないんだけどさ、でもぼくは『たいいくかいけいのごきぶり』、案外好きだよ」

 ゆるい風が吹いて、周りの木々がざわめく音の中に小さく、

「……あんたみたいな変態な物好きも、いるもんなのね」

 と美村香奈はそんなことを言ったような気がする。ようやくぼくの態度が「気遣い」ではないと気づいてくれたらしい。ほっとしようとしたその直後、「でも、」と美村香奈はいっそう語気を強めた。

「この世にはあんたみたいな変態ばっかいるわけじゃない。……七村もいるし、カナタもいる。もちろん、私はあんなやつらなんかどうでもいいの。いつかこっちが速くなってやればいいだけの話だから」

 ぼくは賛同を込めて相づちを打つ。でも七村やカナタくんも、そういう方面で悪気があって美村香奈をおちょくっているわけではないんだとは思う。美村香奈には元々いじられキャラみたいなところがあるし、それにやつらは美村香奈の女の子成分に飢えているのだ。だから美村香奈に女の子成分が発動すると、いちいちそれを取り上げてにやにやしてしまう。悲しき男のサガである。

 でもこの通り、美村香奈の考え方は実に男らしいのだった。ぼくは美村香奈のこういうところに尊敬――というか、憧れているのだと思った。ぼくはいつも、ふにゃふにゃしてるから。

「でもね、私、どうすりゃいいのか、さっぱり分かんなくなっちゃった」

 弱弱しく吐き捨てるような口調に、ぼくは美村香奈の方に横目を向けてみる。下を向いて歩いていた美村香奈は、石段から足を踏み外して一瞬バランスを崩しかけた。ぼくが声をかけようとするのを「大丈夫」でふさいで、美村香奈はまた歩み始める。乱暴に歩調を速めて、ぼくの斜め前を。

「……ルナに教わってるときね、本当にルナは陸上が好きだったんだって分かったのよ。フォームもきれいに磨き上げられてたし、こだわり方が全然違うし、上手く言えないんだけど、熱量っていうかね、それがまるきり違ってた。私とは違って」

「美村だって、陸上頑張ってるじゃないか」

「違うの、」

 美村香奈は立ち止まってこちらを振り返った。いつもの仏頂面はゆるんでほのかな笑みを浮かべていたけど、それはまるで自嘲しているようにも見えた。

「私はわけも分からずもがいてるだけなのよ。陸上がどうとか、私にはさっぱり分かんない」

 たまらなくなったように前を向くと、美村香奈はいきなり姿勢を低くして地面を蹴り駆け出した。そのむちゃくちゃな走り方をぼくは危ぶむ。女の子走りをさらに改悪したような、

 ――もがいてるだけ

 さっきの悲痛な笑いが、ぼくの心と共鳴したようにむなしく響いた。そう、もがいているような走り方。段差を踏み外しかけて転びかけて、地面に手をついて体勢を整えて、

「おいっ、こんなとこ走ったら脚壊すぞ」

 追いかけて追いついて引き止めようとぼくの足も思わず速まっていく。それを察したのか美村香奈の走り方はいっそうひどくなって、こけそうによろめいた身体を手すりで支えながら、

「もうッ、もうもうもう壊れちゃえばいいのよ……いやよもうこんな走り方、壊れたい」

「ちょっと待てよ、何言ってんだよ」

「こんな私なんかッ! 壊れてしまえばいい!」

 そんなバカなこと言うなよなんて口に出そうとしたけど、そんなことより追いついて引き止めることを優先した。でもけっきょく追いつけなくて、階段の終わりにたどりついてくずおれる美村香奈を視認すると、ぼくはいっそうスピードを上げる。

 やっとのことで階段を上り切ったとき、美村香奈は鳥居の前にひざまずいて、地面に顔を埋めていた。まるで自分を傷つけるように拳を地面にこすりつけるのを見て、ぼくは反射的にその腕をつかむ。

「触らないでよ……、」

 その細い腕は、何かを恐れているみたいに震えていた。

 鋭い言葉に一瞬ひるんでとっさに放してしまいそうになったけど、その震えを感じとってしまったら放すわけにはいかない。ぼくは美村香奈の隣へしゃがみこむ。顔を覗き込まれるとおもったのか、美村香奈は反対側へ顔をそらす。

「頑張りすぎなんだ」

 自然に出てきたその言葉に、自分自身がなぜかほっとした。美村香奈は頭を振る。

「もがいてるだけなの」

 悪夢を見ているように声をもらす美村香奈を、手を引いてなんとか立ち上がらせる。手を放したらそのまま崩れ落ちてしまいそうなほど、なんだかたよりない立ち方だった。ぼーっと死んだような目で地面を見つめている顔に、

「ちょっと、休憩していこう」

 ぼくが言うと、美村香奈は微かにうなずく。そしてぼくらは、いっしょに鳥居をくぐった。


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