2話 30年間誰も掃除していない地下牢、魔力が溜まりすぎていた
翌朝。
俺はガルドに連れられ、魔王城のさらに地下へ向かっていた。
「まだ着かないんですか?」
「もう少しだ」
「さっきもそれ言ってましたよね?」
「地下牢は深いんだよ」
延々と階段を下りる。
昨日掃除した第7廊下なんて、まだ入口だったらしい。
やがて空気が変わった。
重い。
息苦しいというほどではない。
でも、肌がピリピリする。
「……なんか変じゃないですか?」
「ああ。魔力が濃いからな」
ガルドは平然としている。
俺だけは、その言葉に反応した。
魔力が濃い。
昨日なら嫌な言葉だった。
今は違う。
むしろ――
ごちそうに聞こえる。
「着いたぞ」
巨大な鉄扉の前でガルドが止まった。
扉には何本もの鎖が巻きついている。
その隙間から、黒い霧のようなものが漏れていた。
「……これ、本当に掃除する場所です?」
「そうだ」
「封印されてません?」
「されてるな」
「開けていいんですか?」
「掃除するんだから開けなきゃ無理だろ」
正論みたいに言うな。
ガルドが鎖を外す。
ギギギギギ……。
重い音を立てて扉が開いた。
「うわ……」
思わず声が出る。
汚い。
昨日の廊下なんて比じゃない。
床は真っ黒。
壁には血のような跡。
鉄格子には錆。
天井からは蜘蛛の巣。
何だか分からない骨まで転がっている。
「最後にまともに掃除されたのは30年くらい前だ」
「本当に30年放置してたんですね」
「誰もやりたがらねえからな」
「清掃部としてそれでいいんですか?」
「よくないから、お前が来た」
嫌な期待のされ方だ。
俺は地下牢を見渡す。
でも。
内心では笑いそうになっていた。
30年。
しかも魔力が濃い。
昨日、普通の廊下を掃除しただけでMPは486まで増えた。
ここなら――。
「じゃあ、始めます」
「おう。俺は上にいるから」
「一緒にやらないんですか?」
「嫌だよ」
即答だった。
「何かあったら叫べ」
「聞こえるんですか?」
「たぶんな」
「またそれ!?」
ガルドはさっさと去っていった。
静かになる。
俺はモップを握る。
目の前には、30年分の汚れ。
「……さて」
まずは入口からだ。
モップを水に浸す。
床へ押しつける。
ひと拭き。
その瞬間。
ピロン。
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《高濃度の残留魔力を吸収しました》
MP+86
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「…………」
俺は固まった。
「86?」
昨日は多くても一桁だった。
もう一度。
ゴシゴシ。
ピロン。
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《高濃度の残留魔力を吸収しました》
MP+104
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「104!?」
桁が違う。
もう一回。
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MP+93
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「ヤバいヤバいヤバい」
たった3回。
それだけで300近く増えた。
俺は自分のステータスを開く。
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名前:レン
種族:人間
レベル:1
職業:清掃員
HP:30
MP:769
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「これ、全部掃除したらどうなるんだ?」
目の前には広大な地下牢。
牢屋が何十個も並んでいる。
床。
壁。
鉄格子。
天井。
全部汚れている。
全部――魔力だ。
「よし」
俺は腕まくりした。
「徹底的にやるか!」
そこからは夢中だった。
ゴシゴシ。
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MP+71
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ゴシゴシ。
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MP+122
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鉄格子を拭く。
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MP+94
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壁の黒い染みを擦る。
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MP+138
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「うおおお!」
楽しい。
掃除がこんなに楽しいなんて初めてだ。
汚れが落ちる。
数字が増える。
汚れが落ちる。
また数字が増える。
そして。
ピロリン!
今までとは違う音が鳴った。
「ん?」
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《一定量の魔力吸収を確認》
《レベルが上がりました》
LV1 → LV2
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「おお!」
ついに来た。
レベルアップ。
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HP+20
MP+200
STR+5
VIT+5
AGI+5
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「能力値まで増えるのか」
さらに。
ピロリン!
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《スキルを獲得しました》
《清浄化 LV1》
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「清浄化?」
スキル名を意識すると説明が表示された。
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《清浄化 LV1》
汚れ、毒、軽度の呪いを除去する。
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「掃除スキルじゃん」
いや。
待て。
毒や呪いまで消せる?
ただの掃除ではない気がする。
試しに、壁にこびりついた黒い染みへ手を向ける。
「清浄化」
ぼん。
淡い光が広がった。
次の瞬間。
黒い染みが消えた。
「おお……!」
しかも。
ピロン。
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《呪詛の残滓を浄化しました》
MP+241
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「241!?」
俺は壁を見る。
綺麗になっている。
「モップより強いじゃん」
いや。
清掃員としてモップを捨てるのは違う。
なんとなくそんな気がした。
その時だった。
ガシャン。
奥の方で音がした。
「……ん?」
鉄格子の向こう。
暗闇の中で、何かが動いた。
ガルドは言っていた。
ほとんど空だ、と。
ほとんど。
つまり。
全部ではない。
「まさか……」
低い唸り声。
グルルルル……。
暗闇から現れたのは、巨大な犬だった。
いや。
犬というには大きすぎる。
俺よりでかい。
頭が3つ。
牙から紫色の液体を垂らしている。
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《ヘルハウンド》
LV18
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「レベル18!?」
俺はまだ2だぞ。
完全に格上じゃないか。
ヘルハウンドが鉄格子へ突進する。
ガン!
鉄格子が大きく揺れた。
「ちょっと待て!」
ガン!
もう一度。
ミシッ。
嫌な音がした。
「それ壊れるやつだろ!」
ガン!
鉄格子が外れた。
「うそだろ!?」
ヘルハウンドが飛び出してくる。
俺は反射的にモップを構えた。
武器なんて持ってない。
あるのはモップだけ。
「ガルドさああああん!」
返事はない。
遠すぎる。
ヘルハウンドが地面を蹴った。
速い。
「うわっ!」
俺は無我夢中でモップを振った。
ただ、それだけだった。
ブンッ!
モップの先端がヘルハウンドの鼻先に触れる。
次の瞬間。
ドゴオオオオオン!
「…………え?」
ヘルハウンドが吹き飛んだ。
そのまま壁に激突。
石壁が砕ける。
ヘルハウンドは床に落ちた。
動かない。
静寂。
「…………」
俺はモップを見る。
折れていない。
「今の……俺?」
恐る恐るヘルハウンドを見る。
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《ヘルハウンドを討伐しました》
経験値を獲得しました。
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ピロリン!
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LV2 → LV4
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「2つ上がった!?」
しかも。
俺は気づいた。
ヘルハウンドが激突した壁。
そこが崩れている。
その向こうに――
扉があった。
古びた黒い扉。
今まで壁に隠されていたらしい。
表面には見たこともない魔法陣が刻まれている。
そして。
近づいただけで分かった。
地下牢なんて比較にならない。
とんでもない魔力が、その奥から漏れている。
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《警告》
《超高濃度魔力反応を検知》
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「……超高濃度?」
俺は扉を見上げた。
30年間掃除されていない地下牢。
そのさらに奥に。
誰にも知られていない部屋があった。
そして俺は。
扉の下に積もった埃を見て。
思わず呟いた。
「……ここ、何年掃除してないんだ?」




