5.一一〇番通報
警察が到着したとき、夫婦は逃げていなかった。
恵理は居間に座り、大輔は壁際に座っていた。二人とも血を浴びていたが、異様なほど静かだった。警察官が手元のものを置くよう指示すると、恵理はすぐに従った。
彼女は言った。
「私が殺しました」
大輔が顔を上げた。
「俺も、やりました」
その二つの言葉が、その後の取調べの出発点になった。
海坂中央署の刑事課が事件を引き継ぐと、十年前の不倫、誓約書、健司が戻ってからのつきまとい、金の要求、子どもへの脅しが次々に明らかになった。
近所の町民も、事件の数日前、健司が路上で恵理を侮辱していたことや、何度も藤原家の周辺に現れていたことを証言した。
だが、それらは殺人という事実を消すものではない。
最後に殺害を主導したのは恵理だった。
大輔は待ち伏せに加わり、最初の攻撃をした。
二〇一七年六月、地方検察庁は藤原恵理と藤原大輔を起訴した。事件は地方裁判所に送られ、裁判員裁判として審理された。
法廷で、恵理は殺害を認め続けた。
計画を否定することも、大輔へ責任を押しつけることもしなかった。大輔は、妻と子どもを守りたかっただけだと繰り返したが、あの夜に何が起きるか理解していたことも認めた。
判決の日、傍聴席には双方の親族が座っていた。
誰も言葉を発しなかった。
地方裁判所は、黒瀬健司が長期間つきまとい、未成年の子どもを脅し、金を要求していたことを認定した。被害者側にも重大な落ち度があり、藤原夫妻が事件後すぐに一一〇番通報したことも、自首として考慮された。
しかし恵理は事前に健司を家へ呼び出し、凶器を準備していた。さらに、健司が倒れたあとも攻撃を続けた。殺意は明確で、結果は重大だった。
藤原恵理は殺人罪で懲役二十二年を言い渡された。
藤原大輔は待ち伏せに関与し、鉄パイプで被害者を倒したものの、殺害過程における主導性は恵理より低いとされ、懲役七年となった。
判決を聞いたとき、恵理は顔を上げなかった。
大輔は目を閉じ、肩をわずかに落とした。
その瞬間、二人はようやくあの家を出ることになった。
ただし、向かった先は海坂市内での新しい生活ではなかった。
沙也香が最後に恵理と会ったのは、判決の後だった。
拘置所の面会室で、恵理は最初に会ったときよりも痩せていた。膝の上に両手を置き、指先は動かなかった。沙也香は、健司を殺したことを後悔しているかと尋ねた。
恵理は、ほとんど間を置かずにうなずいた。
「後悔しています。大輔にも、子どもたちにも、親にも、健司の家族にも苦しみを与えました」
沙也香は彼女を見た。
「その前のことは?」
恵理は長く黙った。
「それも、後悔しています」
彼女は顔を上げた。
目には、もう当時の光はなかった。
「最初に間違えたとき、家に戻って、ちゃんと償えば、いつか過ぎていくと思っていました。でも、忘れたいと思っても消えないことがあるんです」
沙也香は遮らなかった。
「私は、後でもう一度間違えました。あのときは、ただ誰かに話を聞いてほしかった。十年前に失ったものを、少しだけ取り戻したかったんです」
恵理は小さく笑った。
「でも、戻ってきたのは悪夢でした」
面会室は静かだった。
ガラスの向こうで、恵理はうつむいた。
「やり直せるなら、あの日、扉を開けなければよかった」
それが、十年前に健司が初めて戸を叩いた日のことなのか。
十年後、彼が戻ってきた日のことなのか。
沙也香には、わからなかった。
おそらく、どちらでもあった。
藤原恵理の物語は、単なる不倫の話ではない。
最初に一線を越えたのは、結婚生活の中にあった孤独がきっかけだった。
家庭へ戻ったあと、彼女は沈黙と冷たい視線の中で十年を過ごした。
十年も経てば、すべてが時間に削られていくと思っていた。
けれど、あの家は亀裂を隠しただけだった。
修復したわけではなかった。
黒瀬健司が再び現れたとき、押し込められていたものはすべて表に出た。
健司もまた、昔のように明るく話す男ではなくなっていた。
失敗と病気と恨みを抱えて戻り、自分の人生の補償を恵理に求めた。
彼は昔の関係を求め、金を求め、彼女の恐怖まで求めた。
何度も子どもを脅し、ついに恵理を最悪の選択へ追い込んだ。
それでも、どれほど苦しくても、殺人の理由にはならない。
恵理は健司の命を奪った。
そして自分の後半生も壊した。
大輔は本来、家族を海坂市内へ移し、子どもたちに新しい生活を与えようとしていた。だが最後には、恵理とともに鉄の扉の向こうへ行くことになった。
残された二人の子どもは、大人たちの過ちと罪の中で、生きていかなければならない。
誓約書を書いた日、藤原家はすべてが終わったと思っていた。
けれど、あれは刃を隠しただけだった。
十年後、その刃はやはり振り下ろされた。




