4.最初の囮
翌日の夜、宇田川大介は再び店に現れた。
高そうなスーツを着て、手には革のバッグを持っていた。廊下の向こうから彼の姿を見た瞬間、莉奈の胸はきゅっと縮んだ。海斗が店の外で連絡を待っていることを、彼女は知っていた。
莉奈がメッセージを送ると、すぐに返信が来た。
やれ。
莉奈は個室の扉の前で、深く息を吸った。
本当に取り返しのつかないことになるとは思っていなかった。
ただ海斗に言われたとおり、宇田川の隣に座り、誘いを受け入れるふりをして、アパートへ連れていく。
それだけのつもりだった。
莉奈は扉を開けた。
「宇田川さん、今日はお一人ですか」
宇田川は彼女を見ると、目を細めて笑った。
「莉奈ちゃん、こっちへ来なよ。今夜は大きい商談があるんだ。気分がいい」
莉奈は隣に座り、声が硬くならないようにした。
「大きいお話なんですね。じゃあ、そのバッグ、ちゃんと見ておかないと」
宇田川はその駆け引きを楽しんでいるようだった。
彼は革のバッグを少し開き、中にある札束を見せた。
「君が欲しいって言えば、この中身だって全部あげるよ」
莉奈の指先がわずかにこわばった。
それでも立ち上がりたい衝動をこらえ、海斗に教えられたとおりに時間を延ばした。宇田川が何度も近づこうとするたび、彼女は「夜に会いましょう」
「商談がうまくいくように乾杯しましょう」
と言ってかわした。
個室の扉が閉まった瞬間、莉奈は廊下の壁にもたれた。
涙が出そうになった。
それでも、彼女は止まらなかった。
その夜遅く、商談を終えた宇田川は酒の匂いをさせながら、莉奈が教えた住所へ向かった。
古いアパートの場所がわからず、二度ほど周辺を回った。ようやく階段の奥にある部屋を見つけ、軽くドアを叩いた。
ドアはすぐ内側から開いた。
部屋の明かりは暗かった。
宇田川は、それを莉奈が用意した雰囲気だと思い込み、ほとんど警戒しないまま中へ入った。
背後でドアが閉まった。
暗がりから海斗が現れた。
その夜、海斗が「少し痛い目を見せるだけ」と言っていた計画は、すぐに取り返しのつかないものへ変わった。
宇田川は、その部屋から二度と出てこなかった。
海斗は彼のバッグから現金を奪い、貴金属やキャッシュカードも持ち去った。被害額は、合わせて数百万円にのぼった。
その後、海斗は莉奈に電話をかけた。
真実は言わなかった。
相手はもう帰した。
今夜はアパートへ戻るな。
それだけを伝えた。
そのあと一人で部屋を片づけ、宇田川の遺体を港南市郊外の廃林道付近へ運んで埋めた。
海斗は、うまく処理できたと思っていた。
莉奈が実際に見ていない以上、彼女をこの件から外せるとも思っていた。
宇田川の失踪後、港南の警察は莉奈と海斗を調べた。
莉奈はその夜、確かにアパートへ戻っていなかった。友人が別の場所にいたことを証明した。警察は彼女と恋人を疑ったが、二人を失踪に直接結びつける証拠はなかった。
聴取のとき、莉奈は怯えていた。
それでも崩れなかった。
彼女は宇田川を、女好きで、金を見せびらかし、店の女の子にしつこく触る客だと説明した。その言葉には本当の部分もあった。だからこそ、嘘だけよりも見破りにくかった。
警察は最終的に、二人を参考人として扱うしかなかった。
莉奈は解放された。
その一度の経験で、彼女は取調室で生き残る方法を覚えてしまった。




