3.港南市の1Kアパート
二〇一四年、二十歳の佐伯海斗は、十七歳の望月莉奈を連れて港南市へ来た。
旅行ではない。
夢を追いかけに来たわけでもない。
二人は借金から逃げていた。
海斗は以前、海坂港区で小さなバーを開いていた。金遣いは荒く、友人の前では見栄を張り、賭け事にも手を出した。まもなく店は潰れ、債権者が家に来るようになった。
海斗は莉奈を連れて、海坂を離れるしかなかった。
港南市の外れには、古い木造アパートがいくつも並んでいた。
二人が借りたのは、安い1Kの部屋だった。玄関は狭く、湿気で壁紙が少し浮いていた。窓際にはかすかなカビの匂いがあり、浴室とトイレは一体型で、台所は細い作業台だけだった。
管理会社の担当者が鍵を渡した。
「家賃は四万八千円です。敷金と礼金はかなり下げています。この辺りでは、これ以上安い部屋はなかなかありませんよ」
海斗は部屋を見回し、眉をひそめた。
「こんな何もない部屋で、四万八千円ですか」
莉奈は部屋の中を一回りした。
彼よりも、ずっと明るい顔をしていた。
「いいじゃん。お風呂も部屋についてるし、毎日シャワーを浴びられる」
海斗は銀行口座の残高を確認し、結局その部屋を借りた。
あのころの彼は、港南市で働けば借金は少しずつ返せると思っていた。しかし現実は、すぐにその小さな自尊心を削り取った。
仕事は簡単には決まらない。
給料も安定しない。
持ってきた現金は、日に日に減っていった。
海斗は金を使うことには慣れていた。
だが頭を下げることには慣れていなかった。
次第に苛立ちが増えていった。
やがて莉奈は、近くの小さなナイトクラブで働き始めた。若く、愛想もよかったため、店では客の隣で話したり、酒を注いだりする役を任された。給料は高くなかったが、二人の生活をどうにか支えることはできた。
ある夜、莉奈がいつもより早くアパートへ戻ってきた。
普段より二時間も早かった。
海斗はベッドの端に座り、ビールを飲みながら求人サイトを見ていた。ドアが開いた瞬間、彼は異変に気づいた。莉奈はうつむいたまま、唇を白くなるほど噛んでいた。バッグもまともに置いていなかった。
「どうした」
莉奈はベッドに腰を下ろし、彼を見なかった。
「もう、あの店やめたい」
海斗はビールを置いた。
「なんで」
莉奈は黙っていた。
海斗が肩に触れようとすると、彼女はその手を押しのけた。
「聞かないで」
海斗の顔色が変わった。
「何があったんだよ」
莉奈が顔を上げたとき、目は赤くなっていた。
「店に宇田川大介って客がいるの。金属加工会社をやってる人で、お金はあるみたい。いつも来るたびに女の子に触って、みんな嫌がってた。この二、三日は、私にもしつこくて」
海斗は聞き終えると、手の中のビール缶を強く握り潰した。
その瞬間、彼の中に怒りはあった。
けれど怒りの奥から、すぐに別のものが顔を出した。
欲だった。
宇田川には金がある。
莉奈なら、彼を呼び出せる。
その考えは、湿った壁に広がるカビのように、あっという間に大きくなった。
海斗の声が冷たくなった。
「だったら、払わせればいい」
莉奈は目を見開いた。
「どういうこと?」
「そいつをここへ連れてこい。俺が痛い目を見せて、金を取る。ああいう男は自分に後ろめたいことがあるから、警察には行けない」
莉奈の顔に不安が浮かんだ。
「そんなことして、大丈夫なの?」
海斗は彼女の手を握った。
「大丈夫だ。いつもバッグに現金を入れてるんだろ。どうせ女の子にばらまくための金だ。俺たちが取って、何が悪いんだよ」
海斗は、強盗を彼女のための仕返しに変えた。
欲を、守るための行動に見せかけた。
莉奈はそのころ、まだそれを完全には見抜けなかった。
彼を信じた。
あるいは、信じることを選んだ。




