2.腕のRINA
前田沙也香が取材の依頼を受けたとき、佐伯海斗の死刑判決はすでに確定していた。
最高裁判所が上告を退けたあと、海斗は拘置所に収容されていた。司法関係者は、最後に取材を受けたいという彼の希望を認めた。さらに、定められた条件のもとで望月莉奈と面会することも許可した。
沙也香が面会室へ入ったとき、椅子にはまだ前の人間の体温が残っているように感じられた。
一分前、そこに座っていたのは莉奈だった。
いま座るのは、海斗だった。
海斗は手首と足首を拘束されたまま椅子に腰を下ろした。二十代の男に見えた。顔つきは凶悪というより、若い男によくある疲れをまとっている。
だが沙也香が最初に目を止めたのは、彼の腕に刻まれた刺青だった。
その刺青は、妙に目立った。
龍も花もない。
模様らしい模様もない。
あるのは、ローマ字の列だけだった。
沙也香は、左腕の内側へ視線を向けた。
「この文字は、どういう意味ですか」
海斗は自分の腕を見下ろした。
「KAITO WA IKINOKORU」
少し間を置いた。
まるで、昔の自分を皮膚の上から読み上げているようだった。
「海斗は必ず生き残る、という意味です」
沙也香は、別の短い文字列を見た。
「こちらは?」
海斗はほとんど迷わなかった。
「RINA」
彼は顔を上げた。
「莉奈の名前です」
「どうして彼女の名前を体に刻んだんですか」
海斗は息を吸い、肩をわずかに落とした。
「愛していたから、だと思います」
声は小さかった。
自分でも、その言葉を信じきれていないようだった。
生き残るという言葉と、莉奈の名前を皮膚に刻んだ男。
けれど彼は、彼女を困窮から連れ出すことはできなかった。
むしろ、殺人の深みへ一歩ずつ引きずり込んでいった。
この愛と呼ばれた関係は、海坂市から始まったものではなかった。
三年前の港南市から始まっていた。




