5.拘置所の後悔
志貴はすぐに捕まった。
事件翌日の午後には、白倉警察署の留置施設で取調べを受けていた。取調室に入ってきた彼は、まだ完全に目が覚めていないように見えた。
警察官が、黒岩を殺したのかと確認した。
志貴はうなずいた。
自分にはどうしようもなかった、と言った。
あのままでは、自分も紗織も黒岩に壊されると思ったのだという。
警察官は、紗織との関係を尋ねた。
志貴は長く黙った。
「恋人です。十年になります」
その言葉に、記録を取っていた刑事も一度顔を上げた。
十年。
二十四歳の青年が、十歳年上の親戚筋の女性と十年続いていたと言う。
つまり、始まりは彼が十五歳前後のころだった。
沙也香は後に、逮捕された瞬間の気持ちを尋ねた。
志貴は少し考え、自嘲するように口元を動かした。
「怖いとか、焦りとか、いろいろありました。あるようで、何もないようでもありました」
彼は自分の手を見下ろした。
「ずっと夢みたいでした。人を殺したのも、自分じゃない気がして」
しかし手錠は現実だった。
黒岩の死も現実だった。
紗織が彼を逃がし、現場を隠したことも現実だった。
紗織は逮捕後、志貴を逃がしたこと、遺体を動かしたこと、事実を隠したことについて、完全には否定しなかった。
ただ、志貴との最初の関係については、最後まで多くを語ろうとしなかった。
沙也香は最後に尋ねた。
「今、いちばん申し訳ないと思う相手は誰ですか。正樹さんですか。志貴さんですか。それとも亡くなった黒岩さんですか」
紗織はうつむいたまま、長く沈黙した。
「全員にです」
彼女は目元を拭った。
「私がいなければ、こんなことにはならなかった」
それは懺悔のように聞こえた。
同時に、彼女がようやく、自分の人生で一度も本当の意味で選択を引き受けてこなかったことに気づいた言葉にも聞こえた。
寂しさに押されて、志貴へ近づいた。
欲望に押されて、黒岩へ近づいた。
恐怖に押されて、また志貴へ助けを求めた。
そのたびに、紗織は「どうしようもなかった」と言った。
けれどその一歩一歩が、誰かを深い場所へ引きずり込んでいた。
事件は地方裁判所へ送られ、裁判員裁判として審理された。
裁判所は、西森志貴が鉈で黒岩海斗を複数回攻撃し、死亡させたと認定した。事件の背景には、長期にわたる脅迫や感情のもつれ、さらに志貴が少年時代に成年女性との越境的な関係に巻き込まれた事情があった。
しかし彼は凶器を持って現場へ向かった。
攻撃は執拗で、結果はきわめて重大だった。
その後、現場から逃走した点も重く見られた。
西森志貴には、殺人罪で無期懲役が言い渡された。
藤沢紗織は、犯人隠避、証拠隠滅、遺体遺棄に関わる行為により、有期懲役四年とされた。裁判所は、彼女が直接黒岩を殺害したわけではないとしながらも、事件後に志貴を逃がし、
遺体を動かして現場を隠したことで、事件の発見を妨げたと判断した。
二人は控訴した。
高等裁判所は、いずれの訴えも退け、原判決を維持した。
沙也香が最後に志貴を見たのは、高等裁判所の判決後だった。
彼が法廷から連れ出される途中、沙也香は短い質問を許された。志貴は拘置所で会ったときより痩せていた。目の奥も、以前より空ろだった。
沙也香に気づくと、彼は少しだけ足を止めた。
「ここまで来て、いちばん後悔していることは何ですか」
志貴の視線は、沙也香を越えて遠くへ向いた。
「僕は、助ければ紗織さんが救われると思っていました」
ゆっくりとした声だった。
「でも、僕は自分のことさえ救えていなかった」
沙也香は遮らなかった。
志貴はうつむいた。
まるで十五歳の自分を見ているようだった。
「もしやり直せるなら、手放すことを覚えたいです。ちゃんと自分の道を歩きたい」
その言葉のあと、刑務官が前へ進むよう促した。
志貴は振り返らなかった。
西森志貴の二十四年の人生にとって、藤沢紗織は最初の恋であり、最も深い傷でもあった。
十五歳の夏から、二人には何度も立ち止まる機会があった。
紗織は止まれた。
志貴も止まれた。
けれど、どちらも本当には止まらなかった。
十年のあいだ、寂しさ、依存、執着、恐怖、罪悪感が、二人を何度も同じ場所へ引き戻した。そしてあの深夜、志貴は薪割り用の鉈を持ち、自分が悪夢を終わらせられると信じて走った。
彼は紗織を救えなかった。
自分自身も救えなかった。
この渦に巻き込まれた者たちは、誰かを傷つけ、同時に誰かに傷つけられていた。
それでも、傷つけられたことは、誰かを傷つけていい理由にはならない。
痛みがあっても、罪は消えない。
最後に黒岩は、道路脇の植え込みで死んだ。
紗織は刑務所へ入った。
志貴は無期懲役の扉の向こうに、残りの人生を置いていくことになった。
それでも白倉町の夏の夜には、今も原付バイクの音が国道沿いを通り過ぎることがある。
ただ、もう誰も、あの十五歳の少年を十年前の部屋から連れ出すことはできない。




