2.美しい妻の結婚
2009年の初め、美咲は家族や友人の反対を押し切って、黒川蓮司と結婚した。
当時の蓮司は、町ではよく知られた男だった。整った顔立ちで、背も高く、家の食品スーパーも繁盛している。見た目も経済力も、申し分のない相手に見えた。
ただ、彼をよく知る人間は、女関係がきれいではないことも知っていた。
小さな町に、噂は隠せない。蓮司が結婚前に何人もの女性と付き合っては別れていたことは、誰の耳にも入っていた。美咲の親しい人たちは何度も止めたが、彼女は聞かなかった。
あのころの美咲は、自分に強すぎるほどの自信を持っていた。
きれいで、スタイルがよく、ダンスもできる。人に好かれる振る舞いも知っていた。これまでの女たちが蓮司をつなぎ止められなかったのは、単に魅力が足りなかったからだと考えていた。
あるとき、美咲は友人にこう言ったことがある。
「あの人がどれだけ浮気性でも、最後には私のところへ戻ってくるようにできる」
友人は、それ以上何も言わなかった。
そのころの美咲は、自分に都合の悪い言葉を受け入れられる状態ではなかった。
結婚してからの三年間、二人は確かに周囲がうらやむような夫婦に見えた。
蓮司は美咲の仕事帰りに迎えに来た。スーパーを閉めたあと、彼女の好きな菓子を買って帰ることもあった。週末には二人で軽井沢まで車を走らせ、写真を撮り、買い物をし、温泉旅館に泊まった。
美咲は、自分が勝ったのだと思った。
だが、日常が落ち着き始めると、蓮司の昔からの癖がゆっくり顔を出した。
彼は家に帰らない夜が増えていった。
最初は週に一度だった。やがて、二日、三日と続くようになった。明け方に帰ってくるとき、酒のにおいと、見知らぬ香水のにおいをまとっていることもあった。ひどいときは、翌日の昼になっても帰らなかった。
ある日の昼、美咲は文化センターの昼休みに家へ戻り、そのまま寝室へ駆け込んだ。ベッドで眠っていた蓮司の腕をつかみ、無理やり起こした。
蓮司は驚いて目を覚まし、眉をひそめた。
「何だよ」
美咲はベッドの脇に立ったまま、青白い顔で彼を見下ろした。
「昨日の夜、どこにいたの」
「麻雀」
「本当に?」
蓮司は目をこすり、苛立ちを隠さなかった。
「友達と朝まで打ってたんだよ。まだ二時間も寝てないんだ。今やる話か?」
美咲はベッド脇のコップをつかみ、床へ叩きつけた。
「いつまでごまかすつもり?」
蓮司の顔が硬くなった。
「麻雀だって言ってるだろ」
「女のところに行ってたんでしょう」
「病気かよ」
蓮司は服をつかんでベッドから下りた。靴下もまともに履かないまま寝室を出ようとする。美咲が袖をつかんだが、彼はそれを振り払った。
「もううんざりだ。狂いたいなら、一人でやってろ」
扉が激しく閉まった。
美咲は割れたガラスのそばに立ち尽くした。伸ばした指だけが、まだ宙に残っていた。
のちに拘置所でそのころの結婚生活を語ったとき、美咲の声はやはり静かだった。
「人は変われると思っていました」
彼女はガラスに映る自分の顔を見つめた。
「私のために、この家のために、あの人は変わってくれると思っていたんです。でも違いました。私は自分を買いかぶっていたし、蓮司の浮気癖を甘く見ていました」
その日を境に、夫婦関係は急速に悪化した。
蓮司が家に戻らない日はさらに増えた。美咲は、かつて結婚に反対した両親や友人に相談できなかった。自業自得だと思われるのが怖かった。あのとき止めたのに、と憐れむ目で見られるのも耐えられなかった。
そのとき、美咲は一人の男を思い出した。
血はつながっているのに、一緒に育った記憶のない兄。
桐生明人だった。




