4.小春のポケットに入れられた紙片
捜査班は、慎吾を試すことにした。
検察による起訴が近づいていたため、警察は家族連絡と身辺整理の確認を名目に、特別な面会を用意した。慎吾は裁判員裁判を控えている。家族が今後の手続きについて説明を受け、一度会う機会があっても不自然ではなかった。
慎吾はしばらく考えた。
最後に、妻の奈津子と弟に会いたいと言った。
警察はすぐに二人を調べ直した。
奈津子は三人の子どもと白倉町に暮らし、日雇いやパートをしながら生活していた。弟も呼ばれる予定だったが、面会の直前に体調を崩して入院し、来ることはできなかった。
秦野は警戒を解かなかった。
慎吾が誰かを守ろうとしているなら、その相手は彼に近い場所にいるはずだった。
面会の日、奈津子は三人の子どもを連れて拘置所へ来た。
ガラスの向こうに座った慎吾は、その瞬間だけ殺人犯には見えなかった。すべてを失おうとしている夫であり、父親だった。
奈津子はうつむいたまま、先に口を開かなかった。
子どもたちは彼女のそばに立っていた。長男の悠太は唇を噛み、小さな妹の小春は父の姿を見るなり泣き出した。
慎吾はガラスに手を当てた。
「奈津子、ごめん」
奈津子は答えなかった。
慎吾は子どもたちへ視線を移した。
「これからは母さんの言うことを聞け。悠太、お前は兄貴なんだから、家のことを助けてやれ。下の二人はまだ小さい。母さん一人に背負わせるな」
悠太は泣かなかった。
ただ、強くうなずいた。
小春が短い時間だけ父に近づくことを許されると、すぐに慎吾の胸へ飛び込んだ。首に腕を回し、離れようとしない。
その場にいた職員の何人かが、目をそらした。
監視室でも、小さなため息が漏れた。
秦野は、その涙を見ていなかった。
彼の視線は、慎吾の手だけを追っていた。
面会が終わりに近づいたころ、奈津子が小春を抱き上げ、慎吾から引き離した。
その一瞬、慎吾の指先が素早く動いた。
あまりに小さな動きだった。
まるで娘の服を直しただけにも見えた。
秦野はすぐに停止ボタンを押した。
「巻き戻して」
映像が戻る。
その瞬間をスローで確認すると、全員が見た。
慎吾は、小さな何かを小春の上着のポケットへ押し込んでいた。
秦野は立ち上がった。
「すぐ確認する。ただし、子どもの前では騒がないでください」
混乱を避けるため、警察は奈津子たちが面会室を出たあとで、小春のポケットからそれを取り出した。
何度も折りたたまれた、小さな紙片だった。
指の隙間に隠せるほど小さい。
奈津子はそれを見て、顔色を変えた。
その上着は、朝、自分が小春に着せたものだった。ポケットに何かが入っているはずはなかった。
紙を開くと、短い一文だけが書かれていた。
あの女から百万円を取れ。
秦野は紙片を奈津子の前に置いた。
「この『あの女』とは誰ですか」
奈津子は長く黙っていた。
手はバッグの持ち手を強く握っていた。
「たぶん、篠原朱里です」
取調室の空気が止まった。
「慎吾には、外にもう一人女がいました。その人は、慎吾の子どもも産んでいます。たしか、もう二歳を過ぎているはずです」
その言葉で、慎吾が閉めようとしていた扉が、ようやく開いた。




