2.同居相手のモリ
モリの本名は、毛利慎吾だった。
小学校を出たあと、各地を転々としながら日雇いや雑工の仕事をしていた。過去には窃盗や傷害事件で二度服役している。出所後は、海坂市周辺で運搬、解体、工事現場の作業などをしていた。
通信ケーブルの窃盗に関わっていたこともあった。
姓の毛利と、周囲の呼びやすさから、仲間内ではいつの間にかモリと呼ばれるようになっていた。
慎吾には、白倉町に妻の奈津子と三人の子どもがいた。
しかし長く家には戻っていなかった。周囲には、妻とはもう終わっていると言っていた。美麗はその言葉を信じた。
強く迫れば、いつか慎吾は白倉町へ戻り、離婚してくれる。
そう思っていた。
警察は慎吾の身元を確認すると、すぐに張り込みを始めた。
数日後の午後、北沢駅近くの細い路地で、二人の私服刑事が慎吾を見つけた。古いジャケットを着て、コンビニの袋を下げている。見た目だけなら、どこにでもいる中年男だった。
刑事たちは彼を刺激しないよう、道を尋ねるふりをした。
「すみません。この辺りに金物屋はありますか」
慎吾は二人を一瞥し、わずかに眉を寄せた。
「金物屋?餃子屋の隣にあるだろ」
そう言い終えた直後、何かに気づいたように身を翻した。
走り出した慎吾は、二歩も進まないうちに壁際で取り押さえられた。
海坂中央署へ連行されたあとも、慎吾は妙に落ち着いていた。取調室の椅子に座り、むしろ被害者のような口ぶりで訴えた。
「人違いだろ。俺は普通に暮らしてるだけだ」
秦野は向かいに座ったまま、すぐには言い返さなかった。
「まだ警察手帳も出していないのに、なぜ逃げたんだ。何もなければ、あんな反応はしない」
慎吾は視線をそらした。
秦野は一枚の写真を机に置いた。
「松永美麗について話してもらおう。彼女は田舎へ戻って結婚したと、同僚に言ったそうだな」
慎吾は写真を見つめ、数秒黙った。
「リカとは、とっくに別れた。何年も前の話だ。あいつが結婚したかどうかなんて、俺も誰かから聞いただけだよ」
その説明は、何度も問い直されるうちに崩れていった。
慎吾は、美麗を最後に見た日をはっきり言えなかった。結婚したという話を誰から聞いたのかも答えられなかった。
取調べが四時間を過ぎたころ、慎吾の肩が落ちた。
「もういい」
秦野は黙っていた。
慎吾はうつむき、白くなるほど指を握りしめた。
「リカは俺が殺した。そのあと、箱に入れて運んで捨てた」
取調室が一瞬、静まり返った。
慎吾は顔を上げた。
最初にあったような逃げの光は、もう目の中になかった。
「認めるよ」
慎吾が認めたあと、警察は現場の物証写真を見せながら、さらに確認を進めた。
青いキャリーケースの由来も、編み袋の特徴も、慎吾はかなり具体的に話した。二日後には、ほかの遺棄場所も案内した。
南沢町の工事現場。
青川の河川敷。
廃採石場の近く。
遺体の残りは、少しずつ見つかった。
松永美麗は、ようやく完全な形に近い状態で家族のもとへ戻された。
その知らせを受けた家族は、あまりにも長い時間を失っていた。かつて家を出た女性は、想像もしない形で戻ってきた。
警察は、事件が終わりに近づいたと考えた。
慎吾が話した動機も、筋は通っているように見えた。
彼によれば、美麗はただの恋人ではなかった。過去の窃盗や傷害事件を知る同類でもあった。二人で通信ケーブルを盗んだこともあり、盗品の受け渡し相手と揉めたこともあった。
美麗は、慎吾の過去を知っていた。
そして、白倉町に妻と子どもがいることも知っていた。
彼女が欲しがったのは、はっきりした立場だった。
けれど慎吾には離婚する気がなかった。
そのため喧嘩になるたび、美麗は過去の犯罪を持ち出して脅し、白倉町へ戻って奈津子と別れるよう迫ったという。
慎吾は取調室で顔を覆った。
「あのときは、本当に限界だった」
秦野は彼を見た。
慎吾は長く間を置いたあと、続けた。
「あいつ、子どものことまで言ったんだ。三人ともろくな死に方をしないって」
その言葉を口にしたときの慎吾の感情は、本物に見えた。
だからこそ、その先の供述も信じられそうになった。




