6.玩具店に作った最後の部屋
春江は若いころ、裁縫店で下働きをしたことがあった。
長く続いた仕事ではなかったが、基本的な針仕事は覚えていた。ぬいぐるみの脇の糸をほどき、小さな包みを綿の奥へ入れ、似た色の糸で縫い直す。それ自体は、彼女にとって難しくなかった。
手早くやれば、数分で元に戻せる。
閉店後の青葉ショッピングセンターは、彼女が誰よりもよく知っている場所だった。
どの廊下のカメラが見えにくいか。
防災センターの交代がいつか。
非常通路脇の扉が、ときどききちんと閉まっていないことも知っていた。
清掃車を押して館内を歩いていても、不審に思われることはない。
初めてこぐま堂へ入ったとき、春江は立っているのもつらかった。
棚のぬいぐるみたちが、黙って彼女を見ているようだった。小熊、うさぎ、犬、スカートをはいた布人形。どれも清潔で柔らかく、この世の汚れなど何も知らないように見えた。
春江はその中の一つを手に取り、棚の奥へ身を隠した。
糸をほどく手は震えていた。
縫い直したあと、ぬいぐるみを元の場所へ戻した。けれど、どうしても前と同じ角度には置けなかった。翌朝、理沙が異変に気づいたのは、そこからだった。
春江はその後も何度か店へ入った。
一か所にまとめて隠すことはしなかった。違う棚から、違うぬいぐるみを選んだ。そのほうが見つかりにくいと思ったからだ。
だが店内の臭いは強くなり、理沙は警戒を深めていった。
春江は店に入るたびに、前よりも怖くなった。
それでもやめられなかった。
部屋の冷凍庫には、まだ残っているものがあった。
そして剛志の視線が、毎回彼女を急かしていた。
春江はわかっていた。
剛志が遺体を捨てる役目を自分に押しつけたのは、彼女が商業施設に詳しく、動きやすいからだけではない。
彼女の手も汚させたかったのだ。
そうすれば、警察が来たとき、二人は同じ縄で結ばれた人間になる。
どちらも逃げられない。
春江は、そのことに気づいていた。
気づいていながら、従った。
長いあいだ、それを愛の証のように思い込もうとさえした。ここまで剛志のためにしたのだから、自分がどれほど愛しているか、彼もわかってくれるはずだと。
その愛は、最初から向かう場所を間違えていた。
進めば進むほど、出口のない黒い廊下のようになっていった。
逮捕された夜、春江は最後の包みを持ってこぐま堂へ向かった。
すべて隠し終えれば、ひとまず終わると思っていた。清掃員としての生活に戻り、剛志に食事を作り、古い木造アパートの部屋で、彼がたまに見せる優しさを待つことができる。
警察官が現れたとき、春江は抵抗しなかった。
布包みが床へ落ちた。
彼女は、まだ開けていない小さな扉をぼんやり見つめていた。
警察署へ戻ると、春江はすぐにすべてを認めた。
沙也香が取材で、なぜ骨片をぬいぐるみに隠したのかと尋ねたとき、春江は長く黙っていた。
拘置所の面会室の机は冷たかった。彼女の手はその上に置かれ、指の節は枯れ枝のように浮き出ていた。
長い沈黙のあと、春江は顔を上げた。
「美月ちゃんは、ぬいぐるみが好きだったんです」
声は低かった。
「新しいのを買ってあげるって、約束したんです。でも、お金がなくて。ようやく買わなきゃと思ったときには、もうあの子はいませんでした」
沙也香はすぐには口を開かなかった。
春江は机を見つめたまま続けた。
「こんなことを言うのが、おかしいのはわかっています。でもあのときは、道端に捨てるよりはいいと思ったんです。あんなに小さくて、実の母親に置いていかれて、私たちのせいでああなってしまった。せめて、好きだったものの中にいさせてあげたかった」
それは救いではない。
愛でもない。
正常な判断を失った女が、自分の罪に優しい名前をつけただけだった。
春江は、見つかるのが怖かったと言った。
それでも縫い終えた瞬間だけ、短い錯覚があった。
美月が本当に柔らかい綿の中に隠れているような気がした。
もう寒くない。
もう痛くない。
もう大人たちに投げ渡されることもない。
そんな錯覚は、すぐに臭いで破れた。
胸の奥からじわじわ上がってくる恐怖にも破られた。
それでもそのころには、春江はあまりにも遠くまで来てしまっていた。




