5.台所の血
美月が死んだ日、春江はショッピングセンターで働いていた。
その日の施設はよく混んでいた。
一階の吹き抜けではイベントがあり、紙くず、飲み物のカップ、チラシがあちこちに散らばっていた。春江は清掃車を押して何度も行き来し、腰が伸びないほど疲れていた。
それでも退勤時、彼女はこぐま堂の前を通った。
ショーウィンドウには、新しいテディベアが並んでいた。
その中に、耳に赤いリボンをつけた薄茶色の小熊があった。春江はガラスの外で長く立ち止まったが、結局、店には入らなかった。
ポケットの中の金では、一番安いものさえ買えなかった。
その夜、春江が部屋へ戻ると、扉はきちんと閉まっていなかった。
廊下は静かだった。
部屋の中からは、濃い血の臭いがした。
扉を開けた春江が最初に見たのは、台所の床に残る跡だった。狭い台所では、水場の横の明かりがついたままだった。白い光が床を照らし、壁の隅を照らし、そこに座り込んでいる剛志を照らしていた。
彼の目は焦点を結んでいなかった。
薬物がもたらした混乱から、まだ戻っていないようだった。
美月は床に横たわっていた。
もう動かなかった。
春江は叫べなかった。
喉が塞がれたように、入口に立ち尽くした。部屋の時間だけが長く止まっているようだった。やがて剛志が顔を上げ、彼女を見ると、救いを求めるように這い寄ってきた。
「春江、どうすればいい」
春江は彼を見た。
体の中から、最後の力が抜けていくようだった。
剛志は、起きたことを途切れ途切れに話した。
春江はすべてを聞き取れなかった。わかったのは、薬物の影響で剛志が錯乱し、美月がこの部屋で死んだということだけだった。
本来なら、この子はここへ連れてこられるべきではなかった。
まして、こんな形で命を終えるべきではなかった。
春江は通報を考えた。
本当に考えた。
だが剛志が彼女の手をつかんだ。指が白くなるほど強かった。
「俺が捕まったら終わりだ。春江、お前だって終わる。ここで死んだんだぞ。お前が知らなかったなんて、誰が信じるんだよ」
春江は床の上の美月を見た。
それでも耳には剛志の声ばかりが残った。
「俺を愛してるって言っただろ。何でもしてくれるって言っただろ」
その言葉は、鉤のようだった。
五十一年かけてようやく手に入れた恋を、深く引っかけた。
春江はわかっていた。
本当に守られるべきだったのは、その子どもだった。
それでも電話へ向かわなかった。
剛志を突き放すこともしなかった。
ただそこに立ったまま、少しずつ沈んでいった。
後に沙也香へ、春江は言った。
あの瞬間こそ、人生で最も正しい選択をしなければならなかったのだと。
そして自分は、間違えたのだと。
もう二度と、やり直す機会はなかった。
遺体の処理は、剛志が行った。
春江はすべてを見たわけではない。
見ることもできなかった。
彼女が知っているのは、残された骨片が小分けにされ、家庭用冷凍庫へ入れられたということだけだった。剛志は最初、どこかに捨てればいいと言った。
川でも、山でも、ごみ捨て場でも。
見つからない場所はいくらでもある、と。
春江は怖かった。
その夜、眠れなかった。
捨てた直後に警察が暗闇から現れ、手錠をかける夢ばかり見た。道端に捨てることも、川へ投げることもできなかった。どの方法を考えても、見つかる場面が頭に浮かんだ。
剛志は苛立っていった。
「じゃあ、どうするんだよ」
春江はベッドの端に座り、部屋の隅に置かれた古い布人形を見つめた。
美月がそれを抱いていた姿を思い出した。
こぐま堂のショーウィンドウにあった、赤いリボンの小熊も思い出した。
そのとき、玩具店が頭に浮かんだ。
こぐま堂を壊したかったわけではない。
小森理沙を怖がらせたかったわけでもない。
春江は、歪みきった考えで、美月に場所を与えようとしたのだ。
美月が好きだったぬいぐるみを買うことはできなかった。
だから、美月を子どもが好きなものの中へ入れた。
その考え自体が、すでに壊れていた。
それでも当時の春江には、川へ捨てるより、道端に捨てるより、土にまみれて朽ちるよりはましだと思えた。




