2.閉店後の清掃車
警察は、この件をすぐには公表しなかった。
犯人がすでに一部の骨片を玩具店に隠しているなら、また戻ってくる可能性がある。海坂中央署は理沙に口外しないよう求め、店では棚卸しのため一部区画を閉鎖している、ということにした。
同時に、商業施設の一階周辺には私服警官が配置され、防災センターでは閉店後の出入り記録が改めて確認された。
理沙は怖かった。
それでも協力した。
深夜に店へ入った人物が誰なのか、知りたかった。
そして、なぜ自分の店だったのかも。
警察は、過去三か月以内にこぐま堂で玩具を買った客にも、ひそかに連絡を取った。棚に並んでいた展示品を購入した可能性のある客には、商品内部に異常がないか確認してもらった。
ほとんどの客は、何も見つけなかった。
そのことから、警察は犯人が特定の棚に集中して隠したのではなく、店内の複数の棚からランダムにぬいぐるみを選んでいたと考えた。
こぐま堂では、客が「倉庫にある新品をください」と頼むことも多かった。
棚の展示品は、思ったほど早く売れない。
だから長いあいだ、一人の母親しか中の骨片に気づかなかったのだ。
十月三十日深夜、青葉ショッピングセンターの閉店後、警察はついにその人物を待ち受けた。
一階の照明はすでに落とされていた。清掃車の車輪が床をこする音だけが、人気のない吹き抜けに響いている。私服警官は暗がりに身を潜め、一人の清掃員が清掃車を押して、こぐま堂の裏手にある非常通路の入口で止まるのを見た。
その人物は、清掃会社の濃紺の制服を着ていた。
帽子で髪を押さえ、背中を少し丸めている。
すぐには扉を開けなかった。
左右を確かめてから、清掃車の下にある道具箱に手を伸ばし、小さな布包みを取り出した。その動きは慣れていて、過去にも何度も同じことをしてきたように見えた。
非常通路から玩具店の裏へつながる扉に手をかけた瞬間、左右から警察官が姿を現した。
「海坂中央署です。手に持っているものを床に置いてください」
女の体が、びくりと固まった。
布包みが床に落ち、小さく鈍い音を立てた。
理沙は後に、防災センターへ呼ばれた。
そこで、帽子を外した女の顔を見た瞬間、言葉を失った。
藤原春江だった。
青葉ショッピングセンターの清掃員。
施設で働く者なら、ほとんど誰でも彼女を知っていた。ここで五年間働いており、口数は少ないが真面目で、誰に会っても軽く頭を下げる。理沙も以前は、親しみを込めて春江さんと呼んでいた。
店で段ボールが出たときには、裏口まで運ぶのを手伝ってくれたこともある。
誰も、深夜に玩具店へ忍び込んでいた人物が彼女だとは思わなかった。
まして、ぬいぐるみの中に子どもの遺骨を隠していたなど、想像すらできなかった。
藤原春江は警察署へ連行されたあと、まもなく薬物依存による明らかな症状を見せた。
長くは持たなかった。
彼女は遺骨を隠したことを認め、さらにもう一人の名前を口にした。
黒沢剛志。
春江より十三歳年下の恋人だった。
警察が海坂市南区にある春江の住まいで黒沢を発見したとき、彼は狭い部屋の中で横になり、意識が混濁していた。自分がどこにいるのかも、まともに言えない状態だった。
部屋には違法薬物を使用した痕跡があり、隅には家庭用の冷凍庫が置かれていた。
その冷凍庫の中から、まだ処理されていない遺体の一部が見つかった。
事件は、そこで完全に性質を変えた。
もはや深夜の不法侵入でも、営業妨害でもない。
殺人、死体損壊・遺棄、証拠隠滅、そして違法薬物が絡む重大事件だった。
地方ニュースはすぐにこの事件を報じた。
玩具店遺体遺棄事件。
ぬいぐるみの中の児童遺骨。
こぐま堂の看板にはモザイクがかけられ、青葉ショッピングセンター一階が警察に封鎖される映像が、何度もテレビに流れた。かつては温かく可愛らしかった玩具店が、一夜にして街で最も恐ろしい場所になった。
前田沙也香が警察に取材を申し込んだころには、事件はすでに司法手続きへ移っていた。
黒沢剛志は、殺人、死体損壊・遺棄、薬物関連法違反などの罪で起訴された。藤原春江も、死体損壊・遺棄への関与、証拠隠滅、犯人隠避、薬物関連の罪で裁かれることになった。
沙也香が後に拘置所で春江と面会したとき、彼女は五十四歳だった。
実年齢より、ずっと老けて見えた。髪は半分以上白く、背中はひどく曲がっている。目には薄い灰色の膜がかかったようで、光が見えなかった。
沙也香の向かいに座った春江は、両手を膝の上に置いていた。指は痩せ、爪の間には清掃の仕事で染みついたような古い汚れが残っていた。
沙也香は録音機を机に置いた。
「黒沢剛志とは、どこで知り合ったんですか」
春江が目を上げた。
濁った瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、遠い昔の光が浮かんだ。
「駅裏の居酒屋です」




