6.午前四時のコンクリート片
2019年10月21日、未明。
海坂市のマンションの一室は、すでに明かりが消えていた。
蓮斗は深く眠っていた。ベッド脇のスマホは暗く、ゲームの画面も閉じられている。美和子は夜中に目を覚まし、天井を見たまま、しばらく動かなかった。
彼女は後に、そのとき頭の中に何か命令のようなものがあったと話している。
声ではない。
誰かの言葉でもない。
ただ、逆らえないほど強い衝動が、彼女をベッドから起こした。美和子はパーカーを羽織り、ベランダへ向かった。
ベランダには、いくつかの鉢植えがあった。
そのそばに、防水シートを押さえるための小さなコンクリート片が置いてあった。美和子はそれを手に取った。冷たい角が指に食い込む感触は、何年経っても忘れられないほどはっきりしていた。
彼女は寝室へ戻った。
蓮斗はまだ眠っていた。
午前四時の部屋には、エアコンの小さな音だけがあった。美和子はベッドのそばに立ち、自分より二十四歳若い男を見下ろした。暗闇の中の顔は、ひどく若く見えた。
その若さが、彼女の胸に歪んだ痛みを生んだ。
美和子はコンクリート片を振り下ろした。
一度目のあと、世界が一瞬止まったように見えた。
彼女はもう一度、振り下ろした。
蓮斗はすぐには死ななかった。
シーツに血が広がり、部屋の空気に鉄の匂いが混じる。まだ呼吸があるのを見て、美和子はさらに深い恐怖に落ちた。枕をつかみ、彼の口と鼻を押さえた。
その瞬間、すべては引き返せなくなった。
蓮斗の死因は窒息だった。
美和子が手を離したとき、体の中が空洞になったようだった。彼女はベッドの端に座った。手にも袖にも血がついていたのに、目だけが不自然なほど優しかった。
そっと蓮斗の頬に触れた。
いつもの朝、彼を起こすときのように。
そのあと、美和子はスマホを手に取り、亜紀へ電話をかけた。
電話がつながると、亜紀の声には眠気と警戒が混じっていた。
「どちら様ですか」
美和子の声は、恐ろしいほど静かだった。
「水原亜紀さんですか」
「あなた、誰ですか」
「美和子です。今、蓮斗を殺しました」
電話の向こうが乱れた。
「何を言ってるんですか。蓮斗さんに代わってください」
美和子はベッドの上の男を見た。
「もう代われません」
少し間を置いた。
長いゲームにようやく勝ったような声だった。
「あなた、ずっと聞いていたでしょう。蓮斗がどちらを愛しているのか。あの人はもう、完全に私のものです」
電話を切ったあと、美和子は逃げなかった。
110番に通報し、住所を告げた。
「人を殺しました。来てください」
警察が到着したとき、彼女はまだベッドのそばに座っていた。
そばには、すでに息をしていない蓮斗がいた。
その顔に勝利はなかった。
ただ、遅れてやってきた空虚だけがあった。
拘置所で、沙也香は美和子に尋ねた。
なぜ殺したのか。
美和子は最初、うまく言えなかった。
自分が蓮斗を殺したことは認めている。責任から逃げるつもりもない。それでも、二人の感情は深かったのだと、何度も繰り返した。なぜあんなことをしたのか、自分でもわからないと。
事件の瞬間の話になると、彼女は突然、手錠のかかった手を上げ、自分の頭へ打ちつけようとした。
そばにいた刑務官が、すぐに止めた。
しばらくして、美和子は落ち着いた。もう「命令」という言葉で隠そうとはしなかった。ただ、あの夜までに起きたことを一つずつ話した。
亜紀からの電話。
蓮斗の答え。
あの「みんないる」という言葉。
散らばった破片が組み合わさり、ようやく殺意の形が見えた。
突然ではなかった。
積み重なったものだった。
一瞬で狂ったのではない。
三年分の不安、嫉妬、執着、屈辱が、午前四時に出口を見つけたのだ。




