2.三年の同居生活
それからまもなく、蓮斗は前の職場を辞めて海坂市へ来た。
月極マンションを管理する会社に入り、入居者対応や日常管理を担当するようになった。収入は特別高くないが安定していた。美和子の働くファミリーレストランからも遠くなく、二人はすぐに一緒に暮らし始めた。
借りたのは、ごく普通のマンションだった。
寝室は広くない。リビングの先に小さなキッチンがあり、ベランダには美和子の鉢植えが並んでいた。玄関には、いつも二人分の靴がそろっていた。
平凡な部屋だった。
けれど美和子には、それが久しぶりの幸せに思えた。
二人は外でも、人目を避けなかった。
手をつなぎたければつなぐ。
抱きしめたければ抱きしめる。
年齢差を聞かれれば、美和子は蓮斗より八歳上だと言った。うまい嘘ではなかった。いくら美和子が若く見えても、二人が並べば八歳差には見えない。
それでも蓮斗は、人前で彼女から離れようとしなかった。
そのことが、美和子に希望を持たせた。
このまま続けられる。
本当に続くかもしれない。
他人がどう見ているか、知らないわけではなかった。
親子だと思われることもあった。
手をつないでいるだけで、じっと見られることもあった。
レストランで、小さな声の噂を聞いたこともある。最近の若い男は変わった趣味をしている、と。美和子は聞こえないふりをした。
蓮斗が手を離さない限り、自分は平気でいられる気がした。
そこまで話したとき、美和子の声には少しだけ意地が混じっていた。
「知り合ったとき、私たちはどちらも独身でした。私はずっと前に離婚していたし、蓮斗にも彼女はいなかった。誰かを裏切ったわけじゃありません。お互いに好きで一緒にいたんです。何が悪いんですか」
沙也香は遮らなかった。
その恋は、最初から誰かを傷つけるために始まったものではない。
ただ、恋は二人だけのものではいられない。
結婚という言葉が出た瞬間、年齢、家族、過去、未来が一つずつ目の前に並べられる。
三年の同居生活のあいだ、美和子と蓮斗の仲は、たいてい穏やかだった。
一緒に買い物へ行き、一緒に食事を作る。仕事のあとにはソファに並んでゲームをした。美和子は蓮斗のシャツにアイロンをかけ、蓮斗は彼女の遅番の日、駅まで迎えに来た。
こんな毎日が続けば、周囲の不安などただの取り越し苦労だったと証明できる。
二人とも、そう思っていた。
最初の亀裂は、結婚の話から始まった。
2019年の初め、蓮斗の故郷にいる祖母の容体が悪くなった。
佐野家は、蓮斗が海坂市で美和という女性と付き合っていることを知っていた。家族は、彼女を白倉町へ連れてくるよう促した。祖母の意識がはっきりしているうちに、せめて将来の相手に会わせておきたい。
蓮斗の母、由美子は真剣だった。
見舞いの場にふさわしい手土産や、結婚を意識した贈り物も用意した。親戚のあいだでは、二人がその気なら町の写真館で婚礼写真だけでも撮って、祖母に見せようという話まで出ていた。
けれど美和子は、行くのが怖かった。
由美子は自分より一歳上なだけだ。
蓮斗の叔母にいたっては、自分より年下だった。
年齢差がもたらす衝撃を、考えていなかったわけではない。ただ、それまでの衝撃は知らない人の視線の中にあった。今回は違う。蓮斗の家に入り、彼の母親の前に座り、「将来の嫁」として見られることになる。
その夜、美和子は蓮斗の腕の中で、考えがまとまらなかった。
「今回は、本当に行けない。あなたのお母さんは私より一つ上なだけでしょう。叔母さんは私より若い。そんな私が行ったら、あなたの家で笑いものになるだけよ」
蓮斗は彼女の髪に触れた。
「美和は自分に自信がなさすぎるんだよ。本当に若く見えるって。母さんと並んでも、全然違う」
「慰めなくていい」
「慰めてない」
蓮斗は、彼女を少し強く抱きしめた。
「最初は八歳上だって言えばいい。まずは受け入れてもらおう。ちゃんと結婚するときに、少しずつ話せばいいよ」
美和子は、その場で反論しなかった。
その嘘が一生通用すると思ったわけではない。
ただ、真実が来る日を少しでも先へ延ばしたかった。
三月、美和子は蓮斗とともに白倉町へ向かった。
山に近い小さな町だった。駅は小さく、駅前には古い店が数軒あるだけだった。佐野家はごく普通の地方の家で、建物は新しくないが、庭はきれいに整えられていた。
由美子は玄関で二人を迎えた。
顔には温かい笑みがあったが、視線にはどうしても隠しきれない観察が混じっていた。
美和子は、よく振る舞った。
野菜を洗い、皿を並べ、食後には自然に台所を片づけた。親戚が来れば笑顔で応じた。完璧にしていなければならないと思っていた。そうすれば、年齢のことがすぐには表に出ない。
その日、佐野家は近くの料理店に席を取っていた。
美和子は蓮斗の両親、祖父母、叔母、何人かの親戚に会った。気が利く人だと褒める者もいれば、蓮斗もようやく落ち着くのだと言う者もいた。
ただ、彼女の顔を見て、ほんの一瞬だけ目を細める人もいた。
翌日、二人は町の写真館で婚礼写真を撮った。
白いドレスを着た美和子は、鏡の前に長く立っていた。自分がもう若くないことは知っている。それでも、その一瞬だけは残しておきたかった。
蓮斗は彼女の後ろでネクタイを直していた。
本当に結婚を控えた新郎のように笑っていた。
後にその帰省の話になると、美和子の声には誇らしさが混じった。
「親戚の方にも会いました。食事の席も用意してもらって、みんな優しくしてくれたんです。私は、受け入れてもらえたと思っていました」
だが、物事はそれほど簡単ではなかった。
由美子は愚かな人ではない。
最初は、美和子が蓮斗より八歳年上だと信じていた。蓮斗が二十七歳なら、相手は三十五歳前後ということになる。年齢差はあるが、どうしても反対するほどではない。
しかし実際に会ってから、由美子の中に疑いが生まれた。
美和子は、三十五歳には見えなかった。
よく手入れされているし、人への気配りもできる。けれどそこには、結婚や生活をくぐってきた人の落ち着きがあった。それは三十代半ばの疲れではなく、別の年齢の人間が持つ気配だった。
由美子は、機会を見つけて本人確認書類を見せてほしいと言った。
美和子は、持ってきていないと答えた。
そのころから、正式な結婚手続きの話が出るたび、彼女は言葉を濁すようになった。




