7.集落からの嘆願書
自首したあと、真紀はすべてを抜き取られたようになっていた。
留置場で沙也香の取材を受けたとき、目は赤く腫れていた。沙也香を見ると、涙がこぼれた。その涙には悔いもあり、長年積もった苦しさもあった。だが、そのどちらも、もう何も変えることはできなかった。
沙也香は急かさなかった。
真紀は紙コップを両手で持ち、長い沈黙のあとに口を開いた。
「私があの人と一緒に死ねばよかったんです。拓也を巻き込むべきじゃなかった」
真紀は息を吸い、声を落とした。
「あの子は、まだ若いんです。翔太くんだってそうです。私が壊してしまいました」
沙也香は彼女を見た。
「剛志さんを恨んでいますか」
真紀は長く黙った。
「恨んでいます」
紙コップが、手の中で少しつぶれた。
「でも今思うと、一番恨んでいるのは自分です。最初に家族が反対したとき、どうして私はあの人に嫁いだのか。助けを求める機会があったのに、どうして最後まで行かなかったのか。どうして最後に、拓也に手を汚させてしまったのか」
その問いに、答えはなかった。
あるとしても、あまりに遅すぎた。
悠斗は父の葬儀で、遺影に手を合わせなかった。
焼香もしなかった。
黒い学生服を着て、祭壇の前に立ち、顔には悲しみの色がなかった。親戚たちは低い声でささやいた。礼儀を知らない子だと言う者もいた。何も言わず、顔をそむける者もいた。
美代は悠斗のそばへ行き、せめて頭だけでも下げるように言おうとした。
悠斗は父の遺影を見たまま、静かに口を開いた。
「僕、十二歳のときから、あの人を殺したいと思っていました」
美代は動けなくなった。
「日記にも書きました。あとで母さんに見つかりました。母さんは、ちゃんと勉強しなさいって言いました。大学に入ったら離婚するからって」
線香の煙が、ゆっくりと上がっていった。
悠斗は泣かなかった。
「母さんがやらなかったら、いつか僕がやっていました。刑務所に行くのも、僕だったと思います」
その言葉は、まもなく警察にも伝わった。
のちに悠斗は、自分の手で陳述書を書いた。父がこれまで母と自分に何をしてきたのか、細かく書かれていた。その手紙は真紀の罪を消しはしなかった。だが事件の背後にあったDVの影を、初めて法廷の前にさらした。
公判前、三瀬集落から一通の嘆願書が提出された。
署名した者は多かった。
近所の住人、親族、剛志の母、姉、そしてかつて剛志と関係のあった女性までいた。彼ら全員が真紀に同情していたわけではない。彼女を無罪だと思っていたわけでもない。
それでも、剛志がこの数年、何をしてきたかを知っていた。
嘆願書には、剛志による長期のDV、親族への脅迫、妻子への支配といった事情を考慮し、三人の被告に対して寛大な判断を求める旨が書かれていた。
沙也香がその嘆願書を見たとき、心は少しも軽くならなかった。
集落の多くの人間が、暴力の存在を知っていた。
しかし剛志が生きていたあいだ、真紀と悠斗をあの家から本当に引き離した者はいなかった。
彼が死んでから、人々はようやく自分の名前を書いた。
その嘆願書は遅すぎた同情であり、集落全体の沈黙の証明でもあった。
裁判員裁判は数日にわたって続いた。
検察側は、真紀が事前に計画し、報酬を用意し、実の甥とその友人を住宅へ侵入させて剛志を殺害させたと主張した。計画性のある殺人であり、拓也と翔太も直接の実行役として重大な責任を負うとした。
弁護側は、真紀が長年DVを受け、精神的支配と親族への脅迫にさらされていたことを訴えた。恐怖の中で正常な判断力を失っていたこと、拓也と翔太が若く、事件の重大性を十分に理解していなかったこと、家族関係といびつな義理に流されたことも強調した。
判決の日、真紀はずっと下を向いていた。
拓也の顔は青白かった。
翔太も、もう笑っていなかった。
裁判所は、剛志が生前、長期にわたるDV、不貞、脅迫を行っていた事実を認めた。被害者側にも大きな問題があったことは考慮された。
しかし真紀は、警察への相談、保護命令の申立て、正規の支援を選ばず、殺人を計画し、若い親族を犯罪に巻き込んだ。拓也と翔太も、それが殺人であると知りながら、住宅へ入り、実行に加わった。
最終的に、佐久間真紀は殺人罪で無期懲役を言い渡された。
宮下拓也も殺人罪で無期懲役。
川瀬翔太は殺人罪で懲役二十年。
判決が下った瞬間、真紀の体がわずかに揺れた。
彼女は自分のために声を上げなかった。
ただ拓也のほうへ顔を向け、唇を動かした。
声にはならなかった。
それでも沙也香には、彼女がまた謝っているように見えた。
取材を終えた沙也香は、白川町を離れた。
列車が山あいを走り抜けると、三瀬集落はすぐに後ろへ遠ざかっていった。窓の外には、連なる田んぼ、低い屋根、山影に押しつぶされた細い道が見えた。その風景は静かで、どこか優しくさえ見えた。
けれど沙也香は知っていた。
多くの暴力は、そうした静けさの中に隠れている。
真紀には罪がある。
拓也にも、翔太にも罪がある。
剛志は死んだ。けれど彼が残した傷は消えなかった。悠斗の人生、宮下家の親族、三瀬集落で見て見ぬふりをしてきた人々。そのすべてが、この事件の長い余波に巻き込まれていた。
耐え続けることは、暴力の解決にはならない。
暴力で返すことも、答えではない。
本来なら、真紀は警察へ行くべきだった。裁判所へ行くべきだった。保護命令や支援機関につながるべきだった。
だが彼女は恐怖と恥の中で、何度も退いた。
そして最後に、刃を親族の手へ渡してしまった。
列車がトンネルへ入る。
窓の外が、一瞬で暗くなった。
沙也香は取材ノートに最後の一文を書いた。
DVの本当の恐ろしさは、殴られた人だけを壊すことではない。
家族全員に、間違った生き方を覚えさせてしまうことだ。




