4.誰にも祝福されなかった結婚
4.誰にも祝福されなかった結婚
真紀と剛志は、若いころ、確かに激しく愛し合っていた。
剛志は、親しい人から「剛」と呼ばれていた。真紀の三番目の兄とは幼なじみで、宮下家の近くにもよく顔を出していた。真紀が彼を知ったのも、そのころだった。
剛志はよく笑い、よく話した。水運びや力仕事も手伝ってくれた。若いころの彼は、のちに家の中で暴力を振るう男には見えなかった。
しかし宮下家で、この結婚に賛成する者は一人もいなかった。
両親は反対した。
七人の兄姉も反対した。
特に三番目の兄は強く反対した。彼は剛志と一緒に育っており、その性格をよく知っていた。剛志は腹の底が読めない。信用できない。嫁いだら、真紀は必ず泣かされる。
そう言われても、真紀は聞き入れなかった。
そのころの彼女は、自分の目だけを信じていた。
自分の前で見せる剛志の優しさだけを信じていた。
家族が止めれば止めるほど、それは二人の愛を試しているだけだと思った。やがて両親は真紀を家に閉じ込めた。彼女はそこで、自分の手首を傷つけた。
美代はその姿を見て、父に頭を下げた。
「お父さん、もう認めてあげて。このままじゃ真紀が死んでしまう。あの子が選んだ道なんだから、あの子に歩かせるしかないよ」
父の心は、少しだけ揺らぎ始めた。
だが家族がほとんど折れかけたそのとき、剛志は真紀を連れて家を出た。
駆け落ちだった。
その出来事は、白川町周辺で大きな噂になった。
宮下家は三瀬集落で知られた家だった。真紀の父は以前、町内会の会計を務めており、きっちりした人柄で、面目も重んじる人だった。末娘が家族全員の反対する男と駆け落ちしたことは、父にとって大きな恥だった。
半年後、真紀と剛志はこっそり戻ってきた。
父は真紀を家に入れなかった。
その日、真紀は実家の門の外に立ち、家の中から聞こえてくる父の声を聞いた。
「安心しろ。俺は死ぬまで、お前の金なんか一円も使わない。この家も、二度とお前を娘とは思わない」
真紀は何も持って出なかった。
嫁入り道具もなかった。
新しい布団もなかった。
実家からの祝福もなかった。
それでも、彼女は剛志と結婚した。
結婚から一年後、真紀の父は病で亡くなった。宮下家の者たちは、父はあの駆け落ちで心を壊されたのだと考えていた。真紀もまた、そのことを長く背負い続けた。
振り返ることはできなかった。
自分が選び間違えたとは、認められなかった。
それを認めた瞬間、彼女には何も残らなくなるからだった。
結婚して数年は、生活が苦しかった。
二人は剛志の兄の古い家のそばに、間に合わせで整えた木造の小屋を借りて住んだ。部屋は六畳ほどしかなく、冬は骨まで冷えた。まともな台所もなく、風呂は親戚の家を借りた。畳は古く硬く、部屋の隅にはいつも湿気がこもっていた。
それでも真紀は、不満を言わなかった。
二人で耐えれば、いつか暮らしはよくなると思っていた。
剛志も、そのころは真紀を大事にしていた。
外でつらい仕事をさせたがらなかった。だが家には金がなかった。真紀はじっとしていられず、近所の農家の手伝いに出た。野菜の収穫、ビニールハウスの片づけ、米袋の仕分け、栗拾い。少しでも金になるなら、何でもした。
真紀は子どものころから働き慣れていた。
手際はよく、男たちより仕事が早いことも珍しくなかった。
剛志は怒りながらも、どこかで真紀を心配していた。
そのころの真紀は、自分が実家を失っても、ようやく寄りかかれる場所を得たのだと思っていた。
十年以上が過ぎ、佐久間家の暮らしは少しずつ上向いた。
剛志は米の仲買や農機具の転売を始めた。最初は親戚や友人の紹介に頼っていたが、やがて自分なりの取引先を持つようになった。家を直し、車を買い、まとまった現金を動かせるようにもなった。
息子の悠斗も成長していった。
悠斗は成績がよく、のちに県立の進学校へ進んだ。真紀にとって、それはこの結婚生活の中で唯一と言っていい光だった。息子が勉強して外へ出れば、三瀬集落を離れれば、いつかこの苦しさも終わる。
そう思っていた。
しかし剛志もまた、このころから変わっていった。
いや、本当は昔から中にあったものが、少しずつ外へ出てきただけなのかもしれない。
真紀を殴るようになった。
酒を飲んでは荒れるようになった。
宮下家に見下されたという昔の恨みを、何度も真紀にぶつけるようになった。
そして悠斗にも、手を上げるようになった。
父親という言葉は、悠斗の中で、だんだん恐怖に近いものへ変わっていった。




