6.弁護士を呼んでください
逮捕されたあとも、理央は偽装を続けようとした。
母がどこにいるのかわからないふりをした。部屋の血痕についても説明できないふりをした。事件の経緯を問われると、ときに笑い、ときに幼い子どものような表情で刑事を見た。
警察は、彼女が意図的に精神の異常を印象づけようとしている可能性を考えた。
だが、証拠は表情では消えない。
司法精神鑑定の結果は明確だった。
犯行時、精神病性障害は認められない。
完全責任能力あり。
その結果を聞いたあと、理央は急に静かになった。大げさに笑うことも、幼いふるまいを見せることもやめた。ただ何度も、叔父に会わせてほしいと求めた。
「弁護士を呼んでください」
その言葉だけが、彼女に残された最後の手がかりのようだった。
しかし修一は、もう来なかった。
悠太も来なかった。
数日後、佐伯刑事から沙也香へ電話が入った。
電話の向こうで、彼の声は重かった。
「秋山悠太さんが、事故に遭いました」
沙也香は携帯を握ったまま、すぐには言葉を返せなかった。
悠太は物流倉庫で働いている最中、意識が散漫になり、荷物用の昇降設備の近くから転落した。病院へ運ばれ、医師たちは手を尽くしたが、容体は厳しかった。
つい数日前、沙也香は彼に会っていた。
母の死と姉の罪に押しつぶされた若い男だった。まだ言葉にできない痛みが、目の奥に残っていた。
今、その命も消えかけていた。
この事件は、一人の死では止まらなかった。
落ちた石が水面を割るように、秋山家全体を砕いていった。
公判が始まった日、理央は被告席に座っていた。
最初に見せていた笑みは、もうなかった。
検察側は、これは単なる一瞬の激情ではないと指摘した。最初の一撃のあと、理央には止まる機会があった。それでも続けた。母の死亡後、通報も救助もしなかった。遺体を損壊し、現場を清掃し、遺棄した。さらに精神異常を装い、刑事責任を逃れようとした。
弁護側は、理央が長く家庭の経済的負担と介護の重さを背負ってきたことを主張した。失業、職場での性的圧力、母のがん治療、精神的な追い詰められ方。そうした事情によって、正常な判断力が著しく低下していたと訴えた。
裁判長が判決を読み上げるとき、理央はうつむいていた。
裁判所は、理央が実の母を殺害し、犯行後に死体損壊・遺棄を行ったと認定した。犯行の性質は極めて悪質だった。一方で、長期にわたる家族の介護、経済的困窮、母の病状、精神的負担といった背景も考慮された。
最終的に、秋山理央は殺人、死体損壊・遺棄などの罪で無期懲役を言い渡された。
判決が下った瞬間、理央は泣かなかった。
ただ、かすかに目を閉じた。
沙也香が裁判所を出ると、青峰市には雨が降っていた。
階段の下で立ち止まり、初めて理央に会った日の青白い顔を思い出した。賢く、負けず嫌いで、敏感で、そしてひどく自尊心の強い女だった。もう少し努力すれば、貧しさから、家庭から、地方の小さな町から逃げ出せると信じ続けていた。
けれど、彼女は本当の意味で引き受けることを学ばなかった。
つまずくたびに、誰かのせいにした。
貧しさのせい。
母のせい。
仕事のせい。
生まれた家のせい。
最後には、一生自分を支えようとしてくれた人を、重すぎる荷物のように見てしまった。
最も皮肉なのは、理央が法律を学んでいたことだった。
何が犯罪なのか、人は自分の行為にどのように責任を負うのか、どんな選択が人を深淵へ落とすのか、彼女は知っていたはずだった。
それでも母が倒れたあと、最初に考えたのは通報ではなかった。
自分がどう生き残るかだった。
理央の人生は、一瞬で崩れ落ちたわけではない。
その道は、ずっと前から少しずつ狭くなっていた。
自尊心を唯一の鎧にしたときから。
失敗を認められなくなったときから。
家族を重荷として見るようになったときから。
結末は、暗闇の中で彼女を待っていたのかもしれない。
雨は強くなっていった。
沙也香は傘を開き、裁判所の階段を下りた。
この事件は、判決で終わるものではなかった。
和枝は死んだ。
悠太も、元の生活へ戻ることはできなかった。
白倉町の古い家には、寝たきりの誠一と、もう二度とつなぎ直せない家族の残骸だけが残された。
人は、何度も道を間違えることがある。
けれど、ある道は一度踏み込めば、二度と戻る場所を残してはくれない。




