5.青峰南駅の六畳部屋
理央は青峰法政大学の近くに、古い木造アパートを借りた。
部屋は六畳一間。壁は薄く、冬は冷え、夏は蒸した。昼は個別指導塾で非常勤講師をし、夜は法科大学院の入試と司法試験予備試験の勉強をした。
生活は、切れかけた糸のように細かった。
それでも、まだ進む方向はあった。
そんなとき、悠太から電話がかかってきた。
「姉ちゃん、母さんが病気だって。乳がんだって」
理央は携帯を握ったまま、しばらく動けなかった。
その夜、白倉町へ戻った。
県立病院の診断は楽観できるものではなかった。和枝には、青峰市の大きな医療機関で治療を受ける必要があった。病床でやつれた母の顔を見たとき、理央の中にあった怒りは一瞬だけ崩れた。
「お母さん、ごめん」
和枝はベッドの上で、かえって娘の頭に手を伸ばした。
「私はもう、年だからね。いつかこうなるのは仕方ない。ただ、あなたたちのことが心配なの」
理央は首を振った。
「青峰に行こう。ちゃんと治療すれば、よくなるから」
2016年1月、理央は白倉町の親戚に父の世話を頼み、和枝を連れて青峰がん研医療センターへ向かった。
最初は病院から離れた場所に泊まっていたが、通院のたびに長く移動する必要があった。治療の副作用で和枝は日に日に衰弱し、理央は見ていられなくなった。
そこで青峰南駅近くの、週払いの簡易宿泊所に部屋を取った。病院までは二つ通りを越えれば着く。通院には便利で、何より安かった。
部屋は六畳にも満たなかった。
細いベッドを二台置けば、ほとんど歩く場所も残らなかった。
トイレと浴室は廊下の端にある共用だった。早朝の列車に乗る旅行者、近くの工事現場や物流倉庫で短期仕事をしている男たちが出入りしていた。廊下にはいつも、煙草、カップ麺、湿ったカビの匂いが混じっていた。
夜になると、咳払い、ビニール袋を引きずる音、乱暴に閉まるドアの音が続いた。
最初、理央はその環境に耐えられなかった。
やがて、共用洗濯機の前で順番を取り合うことにも、浴室の前で無表情に待つことにも慣れていった。髪をきちんと整える日も減った。顔だけ洗って病院へ向かう日もあった。
がん治療は、底のない穴のように金を吸い込んでいった。
貯金は少しずつ消えた。
試験勉強は止まった。
塾の仕事も安定して続けられなくなった。
銀行口座の数字は減っていくのに、母のうめき声は夜ごと長くなっていった。
理央は深夜に目を覚ますことが増えた。和枝が痛みをこらえ、寝返りを打つ音が聞こえた。母が必死で耐えていることはわかっていた。
それでも、その声は長く聞き続けるほど、理央の神経に針のように刺さった。
母がかわいそうだった。
同時に、恨みも生まれ始めていた。
母は一生、苦労ばかりしてきた。
それなのに、どうして最後までこんな病気に苦しまなければならないのか。
そして自分は、成績も、学歴も、野心もあったはずなのに、なぜどの道も狭くなっていくのか。
5月18日の夜、和枝はまた白倉町へ帰りたいと言った。
治療には金がかかりすぎる。もう家へ戻ってもいい。そんなことを言いながら、和枝は、理央が北砂町の仕事を辞めていなければ、ここまで追いつめられなかったかもしれないと漏らした。
理央はベッドのそばでりんごを剥いていた。
刃が果皮に沿って進み、細い皮が輪になって落ちていく。
部屋は狭かった。
母の声は、どこにも逃げなかった。
その一言が落ちた瞬間、胸の奥を強く押されたような気がした。
「私だって、好きでこうなったわけじゃない」
和枝は理央を見た。
理央の手に力が入った。
「私の何が足りないの? 家がこんなんじゃなかったら、こんなお金のことばかり考えなくて済んだら、私はこんなところまで来なかった」
和枝はすぐには慰めなかった。
彼女もまた、強い自尊心を持った人だった。病と貧しさに削られ、あの瞬間に残っていたのは、母親としての厳しさだけだった。
「仕事を辞めるときも、あなたは自分で決めたでしょう。自分には力があるって言うけど、最近いくつ面接を受けたの? どれか一つでも決まった? 無理なら、白倉に戻りなさい。町役場の試験を受ければいい。お父さんの面倒も見られるでしょう」
理央は顔を上げた。
「戻らない」
声が鋭くなった。
「あんなところ、死んでも戻らない」
次の瞬間、手の中の刃が動いた。
最初の一撃では、母は死ななかった。
二度目で、部屋のすべてが変わった。
和枝が床に崩れ落ちた。
理央はその場に立ち尽くした。急に夢から覚めたようだった。狭い部屋に血の匂いが満ちていく。理央は母にすがりつき、何度も呼んだ。
「お母さん……お母さん……」
返事はなかった。
死のうと思った。
そうすれば、母と一緒に終われる。
だが父と悠太の顔が浮かんだ。悠太は働き始めたばかりで、父は寝たきりだった。自分まで死んだら、残された人たちはどうなるのか。
生きなければならない。
その考えが絶望の底から浮かび上がると、すぐにすべてを覆った。
法学部出身の理央は、目の前にあるものを母の死ではなく、自分の人生を壊す事件として見始めた。
立ち上がり、いくつもの誤った選択を重ねていった。
遺体を損壊し、現場を拭き、スーツケースと収納袋を宿から運び出した。
深夜の青峰南駅周辺では、街灯が理央の影を長く引き伸ばしていた。彼女はタクシーに乗り、途中で交通手段を変え、最後に青江区の再開発工事現場のそばへスーツケースを置いた。
夜が明けるころ、理央は工事現場近くの道端に座っていた。
街は、何も見なかったかのように目を覚ましていった。
理央は立ち上がった。
行き先のない幽霊のように、街を歩いた。




