3.母が白倉町から送り出した娘
沙也香が初めて拘置所で理央に会ったとき、彼女は想像していたほど美しい女ではなかった。
痩せていて、顔は小さく、長い不眠のせいで肌はくすんでいた。大きすぎる服は肩から落ちそうで、成熟した二十六歳の女性というより、壁際まで追いつめられて、それでもプライドを手放せない子どものように見えた。
沙也香は座ったあと、すぐにはノートを開かなかった。
「今、お母さんの死について、どう受け止めていますか」
理央は首を少しかしげ、薄く笑った。
「私は殺していません」
沙也香は彼女を見た。
「では、お母さんは今どこにいるんですか」
「がんで、病院で亡くなりました」
部屋に数秒の沈黙が落ちた。
沙也香はノートを机に置き、声を低くした。
「お母さんに対して、この家に対して、本当に少しも罪悪感はないんですか」
理央は唇を強く結んだ。
うつむいたまま、しばらく黙っていた。再び顔を上げたとき、その目には何かを必死で支えようとする色があった。
「死んだら終わりです。あの人は、これまで家のために何をしてくれたんですか。私と悠太のために何をしてくれたんですか。あの人がいなければ、うちはこんなふうにならなかった」
沙也香は、背筋が冷えるのを感じた。
目の前の女は、まだ抵抗していた。
警察にではない。
自分の中に残っている、罪を認めようとする最後の声に抗っているようだった。
沙也香はここへ来る前、宮沢修一にも取材していた。
理央の話になると、修一はずっと手で顔を覆っていた。姉に合わせる顔がない。死んだ和枝に、何と言えばいいのかわからない。そう繰り返した。
和枝は長年、寝たきりの夫を介護しながら、娘を大学へ送り出した。
その末に返ってきたものが、これだった。
沙也香がその話を伝えると、理央の顔色が変わった。
彼女は両手で顔を覆った。肩が小さく震えた。長い時間が過ぎてから、ようやく手を下ろした。無理に作っていた笑みは消え、裂け目から疲労があふれ出したような顔になっていた。
そして、自分の家のことを話し始めた。
理央は白倉町で生まれた。
青峰市から遠く離れた山間の小さな町だった。人口は減り続け、若者の多くは高校を出ると外へ行った。父の誠一は、地元の建設会社で働いていたが、工事現場での事故で下半身に麻痺が残り、それからは長く寝たきりになった。
その年、理央は十四歳だった。
弟の悠太は、まだ幼かった。
母の和枝は町の小学校で教師をしていた。誠一が倒れてから、家の重みはほとんど一人で背負うことになった。夜明け前に起き、食事を作り、夫の体を拭き、薬や一日の準備を整える。そこまで終えると、自転車で学校へ向かった。
そんな日々が、何年も続いた。
ある深夜、理央は目を覚ました。両親の部屋の灯りがまだついていた。ドアの隙間からのぞくと、和枝が誠一の体の向きを変えていた。灯りの下で、母の背中は限界まで引き絞られた弓のように曲がっていた。
理央は部屋に入り、母を手伝って父の体を支えた。
「お母さん、私、学校やめる。家で手伝う」
和枝は、そのとき初めて娘に厳しい顔を向けた。
「理央、覚えておきなさい。この家がどれだけ苦しくても、あなたは勉強をやめちゃだめ。あなたはお姉ちゃんなんだから、悠太の手本になりなさい。二人とも外へ出て、ちゃんと生きていく。それが、この家の希望なんだから」
その日から、理央は必死で勉強した。
もともと負けず嫌いな子だった。中学を卒業するときには町で一番の成績を取り、県内の進学校へ進んだ。母の皺だらけの顔に笑みが浮かんだとき、理央は初めて、自分がこの家の運命を変えられるかもしれないと思った。
三年後、理央は青峰法政大学法学部に合格した。
白倉町では珍しい、有名大学の学生だった。
修一は学費と生活費の多くを負担した。それでも理央は奨学金を借り、大学内外でいくつものアルバイトをした。親戚に頼っているだけの人間だと思われたくなかった。何より、同級生に自分の貧しさを見られるのが嫌だった。
大学で目にした格差は、想像以上に鋭かった。
同級生たちが旅行やレストラン、インターン先の話をしていると、理央はそこに入れなかった。飲み会にもほとんど行かなかった。ルームメイトたちと買い物に出かけることもなかった。
鏡の前に立ち、洗い古した服を見るたびに、心の中で問いかけた。
貧しいことは、そんなに悪いことなのか。
自分が劣等感を抱いているとは認めたくなかった。
だからその痛みをすべて、必ず上へ行くという執念に変えた。




