2.法学部出身の容疑者
事件を担当した佐伯刑事は、のちに前田沙也香の取材を受けたとき、初めて理央を見たときの印象を今でも覚えていると話した。
想像していた犯人像とは違っていた。
理央は小柄で、顔にはまだ学生のような幼さが残っていた。留置場の服は体に合っておらず、椅子に座ると、ひどく薄く見えた。目の前に事件記録がなければ、血の染みたあの部屋と彼女を結びつけることは難しかった。
沙也香は録音機を置き、佐伯を見た。
「最初の取り調べは、順調でしたか」
佐伯は首を横に振った。
「証拠はかなり固まっていました。それでも、彼女は認めようとしなかった。あとになって叔父に会いたいと言ったとき、もう限界なんだろうと思いました」
沙也香はノートをめくった。
「なぜ、叔父さんだったのでしょう」
佐伯は少し黙った。
「彼女は、もともとプライドの高い人でした。家族の中にも、見下していた相手はいたようです。でも叔父だけは違った。大学四年間、ずっと支えてくれた人です。長期休みにも、彼女はよく叔父の家に泊まっていた。彼女にとって、まだ負い目を感じられる数少ない相手だったんでしょう」
面会が終わったあと、理央は供述を始めた。
5月18日の夜、母と口論になり、手元にあった刃物で母を刺した。母が倒れたあと、彼女は通報しなかった。短い混乱のあと、現場を処理し始めた。
そして、取り返しのつかないことをした。
母の死を隠すため、遺体を損壊し、スーツケースや大型の収納袋に分けて、夜のうちに宿から運び出した。
警察は、公開資料で細かな状況を明かしていない。
佐伯も、それ以上は詳しく話そうとしなかった。
取材室に短い沈黙が落ちたあと、彼は続けた。
「彼女は、どこに痕跡が残るかを知っていました。警察が何を見るのかもわかっていた。けれど、法律を知っていることと、法律から逃げ切れることは別です。現場を掃除し、交通手段を変え、失踪したように見せかけようとした。その一つ一つが、結局は新しい証拠になりました」
沙也香は何も言わなかった。
佐伯の声には、疲労が滲んでいた。
これは普通の殺人事件ではなかった。
親を殺す事件は、それだけで人の心を深く揺さぶる。しかも理央は法学部出身だった。事件後に最初に選んだのは、通報でも救助でもなく、自分の知識を使って罪を隠すことだった。
現場の引き当たりをした日、理央の落ち着きぶりは、同行した刑事たちを不気味にさせた。
青江区の再開発工事現場のそばで、理央は淡々と方向を指し示した。どこに何を捨てたのか、静かな声で説明していった。周囲には空き地、仮囲い、仮設照明、積まれた建築廃材があった。コンクリート板の間を抜ける風は、冷たい粉じんの匂いを運んでいた。
佐伯は数歩離れた場所から、その横顔を見ていた。
理央は、ときどき笑った。
その笑みは薄かった。
まるで母のことではなく、自分とは関係のない誰かの出来事を話しているようだった。
警察署へ戻ったあと、捜査員たちは彼女の様子に強い違和感を覚えた。事件の経緯を話すとき、理央は笑うことがあった。幼い子どものような口調をわざと混ぜることもあった。
それが精神的な崩壊なのか、演技なのか、取調官には判断がつかなかった。
警察は司法精神鑑定を申請した。
鑑定結果が出たとき、理央は初めてはっきりと顔色を変えた。
犯行時、精神病性障害は認められない。
完全責任能力あり。
鑑定結果を読み上げられると、理央はなかなか署名しようとしなかった。
「叔父に会わせてください」
佐伯は彼女を見た。
「会って、何をするんですか」
理央は目を上げた。声は低かった。
「弁護士を呼んでください」
佐伯は書類を机に置いた。
「宮沢さんは、もう十分なことはしたと言っています」
理央の唇が少し動いた。
佐伯は、修一と悠太から託された問いを口にした。
「二人が知りたいのは一つだけです。なぜ、お母さんの遺体をあそこまで傷つけたのか」
取調室で、理央はふっと笑った。
それが壊れた笑みだったのか、まだ演技の続きだったのか。
誰にもわからなかった。




