【青峰南駅のスーツケース】消えた母と、笑う法学部の娘 1.スーツケースの中の手
2016年5月19日の夕方、一人の若い男が青峰南駅前の交番へ入ってきた。
秋山悠太。二十代前半のその男は、顔色を失い、携帯電話を握りしめていた。勤務中の警察官に椅子を勧められたときも、足元がおぼつかなかった。
一か月前、母の和枝は姉の理央に付き添われ、青峰市でがん治療を受けるため家を出た。ところが前日から、母娘二人と急に連絡が取れなくなった。
和枝の携帯は電源が切れていた。
理央の携帯も同じだった。
悠太は白倉町から青峰市へ駆けつけた。二人が泊まっていた簡易宿泊所へ行き、青峰がん研医療センターにも足を運んだ。病院は、和枝がその日、治療に来ていないと答えた。宿の管理人も、前夜以降、母娘の姿を見ていないと言った。
悠太は交番の椅子に座り、今にも途切れそうな声で口を開いた。
「母さんは体が悪いんです。姉ちゃんが電話に出ないなんて、ありえません。絶対に何かあったんです」
警察は、失踪届を受理した。
だが翌朝、青江区の再開発工事現場で見つかった黒いスーツケースが、この失踪届をまったく別の事件へ変えることになる。
5月20日の午前六時、最初にそのスーツケースを見つけたのは、工事現場で働く作業員だった。
スーツケースは建築廃材のそばに置かれていた。外側には灰がつき、ファスナーは完全には閉まっていなかった。誰かが捨てていった古い荷物だと思い、作業員は何気なく近づいた。
中を見た瞬間、顔色が変わった。
彼はよろめくように後ずさった。
叫び声を聞いた作業員たちが、すぐに集まってきた。
誰かが110番した。
青江警察署の刑事たちが現場へ到着し、工事現場一帯は封鎖された。黒いスーツケースの中には、損壊された遺体の一部が入っていた。捜査員たちはすぐに、これが単なる死体遺棄ではなく、殺人、死体損壊・遺棄を含む重大事件だと判断した。
通報の時期が近かったことから、警察は青峰南駅前で届け出のあった失踪事件と、青江区の工事現場で見つかった遺体を結びつけた。
悠太は警察署へ呼ばれた。
警察は彼のDNAを採取し、現場で発見された遺体と照合した。結果が出たとき、部屋の空気は重く沈んだ。
被害者は、秋山和枝だった。
警察は二つの事件を一つにまとめ、捜査を進めることにした。
そして和枝の娘、秋山理央が、重要参考人として浮上した。
理央は二十六歳。
青峰法政大学法学部を卒業していた。
事件前、彼女は青峰市内の個別指導塾で非常勤講師をしながら、法科大学院の入学試験と司法試験予備試験に向けて勉強していた。
法学部出身であり、刑事手続きにも一定の知識がある。警察がどのように証拠を集め、どこを調べるのかも理解していたはずだった。
だからこそ、彼女の名前が容疑線上に上がったとき、事件はより異様な色を帯びた。
法学部出身の優等生。
重病の母に付き添う娘。
失踪事件の家族。
それらの肩書きが重なったとき、この事件はひどく歪んだものに見えた。
警察は、母娘が泊まっていた簡易宿泊所の防犯カメラ映像を確認した。
5月18日午後八時五分、理央と和枝は一緒に部屋へ戻っていた。その後、和枝がカメラに映ることはなかった。深夜になると、理央だけが何度も部屋を出入りしていた。手には清掃用具やごみ袋を持っていた。表情は、むしろ普段より落ち着いて見えた。
刑事たちが特に注目したのは、部屋のドア下に一瞬映った布団の端だった。
その布団の端は一度、ドアの隙間から外へ出るように映り、その後、室内へ引き戻された。しばらくして、理央はバケツと雑巾を持って廊下へ出てきた。
警察が部屋へ入ると、畳の縁、ベッドの下、壁際の隙間から大量の血液反応が検出された。
部屋は六畳にも満たない。細いベッドが二台置かれただけで、ほとんど空間は残っていなかった。浴室とトイレは共用だった。そんな狭い部屋で、すべての痕跡を消し去ることなどできなかった。
その日の昼、警察は青峰市内で理央を任意同行した。
取調室で、彼女は背筋をまっすぐ伸ばして座っていた。
母親の所在を尋ねられても、首を横に振るだけだった。
「知りません。母は体が悪いから、自分で病院に行ったんじゃないですか」
証拠が一つずつ提示されても、理央の表情はほとんど変わらなかった。
数時間後、彼女は叔父の宮沢修一に会いたいと言った。
警察はそれを認めた。
修一は和枝の弟で、地方役所に勤めていた。
理央が大学へ通っていたころ、学費と生活費の多くを支えていたのは彼だった。理央にとって、叔父は家族の中で数少ない、頭を下げることのできる相手だった。
修一が面会室へ入ってきたとき、その顔は青ざめていた。
二十分後、彼は出てきた。
理央のほうを振り返ることはなかった。ただ刑事に向かって、小さくうなずいた。
その後、理央は母を殺害し、遺体を損壊して遺棄した事実を認めた。




