7.誰が悪人だったのか
美咲が医療機関から警察へ移されたとき、精神状態はまだ不安定だった。
強い自殺願望があり、警察は単独の部屋を用意し、厳重に見守った。取り調べに対し、美咲はほとんど弁解しなかった。小春を死なせたことも、集落ごと終わらせようとしたことも認めた。
彼女が繰り返し求めたのは、死刑にしてほしいということだけだった。
沙也香が会ったとき、美咲の目は干上がった井戸のように空っぽだった。
取材が始まってすぐ、美咲は泣いた。
けれど激しい泣き方ではなかった。
体の中の水分をとっくに流し尽くした人間に、最後に残った反応だけが出ているようだった。
沙也香は取材ノートを開き、声を落とした。
「鹿喰集落で暮らしていたあいだ、ずっとひどい扱いを受けていたんですね」
美咲は答えなかった。
沙也香は質問を変えた。
「山へ連れていかれたときのことを、話してもらえますか。あなたの経験を知ることで、警戒できる人がいるかもしれません」
美咲は長く沈黙した。
「自分でついていったんです」
声は小さかった。
「愛されていると思っていました。あの人と行くことが、親に反抗してでも選ぶ恋なんだと思っていました。山に近づいたころ、渡された飲み物を飲んで……目が覚めたら、森下家にいました」
沙也香は美咲を見つめた。
「逃げようとは思いませんでしたか」
「思いました」
美咲はうつむいた。
「でも、山道もわからない。携帯もない。戸も開かない。小春が生まれてからは、余計に無理でした」
部屋は静かになった。
美咲の手は膝の上に置かれていた。爪が掌に食い込んでいた。
「帰りたくなかったわけじゃありません。帰ったあと、私はまだ青山美咲でいられるのか、それがわからなかったんです」
沙也香はすぐには何も言わなかった。
目の前の女は被害者だった。
そして、娘を殺した加害者でもあった。
簡単な同情も、単純な断罪も、あまりに軽かった。
裁判は長く続いた。
検察側は、美咲が長期にわたって誘拐、監禁、虐待、性的暴力を受け、精神的に深刻な損傷を負っていたことを認めた。それでも、幼い娘を死なせた事実は消えないと主張した。
弁護側は、極限状態の中で正常な判断能力を失っていたとして、被害経験とトラウマの影響を考慮するよう求めた。
最終的に、青山美咲は殺人などの罪で無期懲役を言い渡された。
森下拓馬は、三人の老人を殺害し、さらにその罪を他人に着せようとしたとして死刑を言い渡された。
森下登喜子は、人身売買への関与と違法な監禁などの罪で有期懲役となった。
二か月後、警察は当時「瀬川翔」と名乗っていた男の本名を突き止めた。
三上健吾。
従兄とされていた男は、三上亮二だった。
二人は長年、偽名で若い女性に近づき、誘い出し、閉鎖的な地域の買い手へ引き渡していた。二人は誘拐、監禁、人身売買に関わる罪で、有期懲役十年を言い渡された。
判決が報じられると、海藤市のネット掲示板は再び大きく揺れた。
美咲に同情する者がいた。
許すべきではないと言う者もいた。
拓馬を罵る者もいれば、あの男も山に作られた存在だと語る者もいた。
だが沙也香は、すべての資料を読み終えたあと、どの意見も一つの事実を避けて通れないと思った。
あの誘拐がなければ、美咲は鹿喰集落へ行かなかった。
あの集落の沈黙がなければ、小春はあの古い家で生まれなかった。
誰かがもう少し早く手を伸ばしていれば、四つの命は違う終わり方をしていたかもしれない。
死刑執行を前に、美咲は拓馬との面会を願い出た。
面会室で、二人はガラス越しに向かい合った。
拓馬はひどく痩せ、髪にも白いものが増えていた。美咲は彼を見つめたあと、椅子から滑り落ちるように膝をついた。ガラス越しに、何度も何度も頭を下げた。
「ごめんなさい」
拓馬は答えなかった。
その目には憎しみがあった。
そして、もう名前をつけられない何かも残っていた。
二人はかつて、買い手と買われた女だった。
やがて名ばかりの夫婦になった。
そして一人の子どもを失い、互いに戻れない場所へ落ちていった。
沙也香はのちに、取材手記へこう書いた。
本当に恐ろしいのは、一人の人間の悪意だけではない。
ある場所があり、人々がいて、沈黙の決まりがある。
それが一人の被害者を、ゆっくり加害者へ変えていくことがある。
青山美咲の人生は、海藤市を離れたあの列車の中で、少しずつ引き裂かれ始めていた。
彼女は山から逃げ出した。
けれど、二度と人の世へは戻れなかった。




