6.帰ってきた夫
拓馬は家へ入ったとき、そこに美咲と小春がいると思っていた。
この三年、外の現場を転々としていた。最初のうちは金を送るつもりだった。だが事故に遭い、身分証や荷物を失ったこともあった。賃金の未払いに巻き込まれ、次の現場へ移るしかない時期もあった。
ようやく帰る金ができたとき、三年が過ぎていた。
その間、美咲が何を経験したのかを、拓馬は知らなかった。
集落の人間が彼女をどう扱ったのかも、知らなかった。
ただ戸口に立ち、小春が静かに横たわっているのを見た。
美咲は窓辺に座っていた。顔には何の表情もなかった。
拓馬は娘を抱き上げ、すぐに手を止めた。首元に残る痕を見た。美咲の唇が震えているのも見た。彼女は拓馬に言っているようでもあり、自分自身に言い聞かせているようでもあった。
「わざとじゃない……わざとじゃなかった……」
拓馬の目が赤く染まった。
彼は台所へ走り、刃物を手にした。
美咲は逃げなかった。
けれど、振り下ろす瞬間、拓馬の手はそれた。刃は浅く肌を裂いただけだった。殺せなかった。目の前の女は、金で買われてきた女であり、この三年間ずっと帰って会いたかった相手でもあった。
だが、小春を殺した。
拓馬は美咲をにらんだ。
「どうしてだ」
美咲は突然、もがくように動いた。
「あの人たちが、私をああしたの!」
外へ逃げようとした。
拓馬が腕をつかむと、美咲は鋏で彼を刺した。混乱の中、彼女は家を飛び出し、山道へ走った。ちょうど集落の人間がそれぞれ山仕事へ出ている時間で、誰も彼女の行方を見ていなかった。
拓馬は傷ついた足を引きずりながら追った。
山には風の音しかなかった。
美咲は見つからなかった。
その夜、拓馬は登喜子を問い詰めた。
登喜子は最初、何も言わなかった。
やがて、ぽつりぽつりと話し始めた。美咲がこの三年でどんな仕事を押しつけられたのか。どんな言葉を浴びせられたのか。集落の人間に、どんなふうに笑われていたのか。
千代、富江、房枝が、どんなふうに煽り、見物し、傷口を広げていったのか。
拓馬は聞き終えてから、長いあいだ黙っていた。
翌日、彼は三人の老人を家へ呼んだ。
口論はなかった。
余計な言葉も、ほとんどなかった。
拓馬は三人を殺した。
その後、遺体を森下家の周辺に隠し、数日待った。最後に黄瀬町警察署へ行き、美咲の罪だと話した。
美咲が憎かった。
それでも、美咲を見つけたかった。
そして、鹿喰集落の罪が自分一人のものではないことを、誰かに見せたかった。
だが、司法解剖の結果は彼の嘘を暴いた。
小春を殺したのは美咲だった。
三人の老人を殺したのは拓馬だった。
この山に、完全に清い人間などいなかった。




