5.死んだと思った
拓馬が鹿喰集落を出てから、三年が過ぎた。
彼は文字を書くのが不得意で、手紙も寄こさなかった。現場は何度も変わり、山では電話もつながりにくい。最初のうち、美咲は彼が戻ってくると信じていた。けれど日が重なるにつれ、登喜子でさえ息子はもう外で死んだのかもしれないと言い始めた。
村の誰かが、鉱山近くの現場で事故があったらしいと言った。
別の誰かは、拓馬はもうこの家を捨てたのだと笑った。
美咲は信じたくなかった。
危険な現場で働くことは、命を削って金に替えるようなものだと知っていた。それでも、もし生きているなら、何か一言くらい寄こすはずだと思っていた。
噂が広まると、美咲の立場はさらに悪くなった。
彼女は、男のいない家に残された女になった。
一部の老人たちは、粘つくような目で美咲を見るようになった。千代、富江、房枝はそれを止めなかった。ただ道端に座り、低く笑っていた。
その笑いは、罵声よりも冷たかった。
ある夜、誰かが美咲の部屋へ入ってきた。
その日を境に、美咲の中で最後まで残っていた支えが折れた。
拓馬はもう死んだ。
そう思った。
「生きていたら、私をこんな目に遭わせたままにはしない」
のちの取材で、美咲はそれだけを口にした。
その先は語らなかった。
前田沙也香も、無理に聞かなかった。
すべてを言葉にしなくても、傷の深さが伝わることはある。
それから、美咲は一つの決断をした。
小春と二人で逃げるだけでは足りないと思った。
鹿喰集落ごと、どこかへ沈めてしまいたかった。
あの集落には、親も友人もいなかった。名前を奪われ、自由を奪われ、青春を奪われ、外の世界へ戻る勇気さえ失った。登喜子が憎かった。あの老人たちが憎かった。山道の両側から覆いかぶさる木々も、自分がこんなふうに生き延びてしまったことも憎かった。
ある深夜、美咲は集落の水場へ向かった。
すべてを終わらせられると思っていた。
家に戻ると、小春は眠っていた。
美咲は娘のそばに座り、長いあいだその顔を見ていた。小さな頬。かすかな寝息。自分が語って聞かせた物語。初めて「お母さん」と呼ばれた日のこと。小春は、美咲がこの世に残った唯一の理由だった。
その夜、美咲は小春を長く抱いていた。
一緒にこの世界から離れるのだと思った。
朝になっても、小春は目を覚まさなかった。
けれど、美咲は目を覚ました。
最初は、自分が別の場所へ来たのだと思った。だが低い天井、古い梁、窓の外の湿った山の色は変わっていなかった。彼女はまだ、鹿喰集落の古い家の中にいた。
隣で、小春だけが冷たくなっていた。
美咲はゆっくり体を起こした。何が起きたのか、理解できなかった。外へ出ると、前の家の窓辺に登喜子が座っていた。美咲を見るなり、遅くまで寝ているなと叱った。
遠くの林のほうから、山仕事へ向かう人々の声が聞こえた。
千代たちも、いつものように道端で話していた。
集落は死んでいなかった。
死んだのは、小春だけだった。
その瞬間、美咲の心は完全に砕けた。
部屋の中でどれほど座り込んでいたのか、覚えていない。
泣いたかどうかもわからなかった。
そのとき、一生もう見ることはないと思っていた男が、扉を開けた。
森下拓馬が帰ってきた。




