2.四つの遺体
警察が山へ入る準備を進めていたころ、一人の男が黄瀬町警察署を訪れた。
森下拓馬。
彼は、自分は青山美咲の夫だと名乗った。
拓馬によれば、美咲は鹿喰集落から逃げる前に、二人の娘である小春を殺し、さらに近所に住む三人の老人を殺したという。数日間迷った末、彼は警察へ届け出ることにした、と語った。
話を聞いた当直の刑事は、表情を変えた。
美咲は病院での聴取で、殺人について一度も語っていなかった。
警察はただちに大黒岳へ向かった。
鹿喰集落は、山の中腹に隠れるようにあった。十数戸ほどの家が点在しているだけで、コンビニも診療所もない。最寄りのバス停は山のふもとにあり、携帯電話の電波も安定しない。冬に雪が降れば、山道は簡単に閉ざされた。
住民の多くは、椎茸小屋や栗園の管理、林業の手伝いなどで細々と暮らしていた。
森下家の古い木造家屋は、集落の端にあった。
警察は、その家の裏手と物置の周辺から四つの遺体を発見した。
一人は幼い子ども。
三人は老人だった。
子どもは、美咲と拓馬の娘、小春だった。
老人たちは鹿喰集落の住民で、千代、富江、房枝という名だった。三人とも身寄りがなく、山の中で一人暮らしをしていた。集落の人間によれば、三人は森下家へ頻繁に出入りし、いつも何かを見物するように美咲の周囲へ集まっていたという。
拓馬は、自分は何年も家を離れて県外の工事現場で働いており、数日前にようやく鹿喰集落へ戻ったのだと話した。
家へ入ると、小春はすでに死んでいた。
美咲は窓辺に座り、何が起きたのかわからないような顔をしていた。
拓馬が問いただす前に、美咲は鋏で彼を刺し、山の中へ逃げた。追いかけたが、姿は消えていた。三人の老人の遺体も、その後で見つけた。
筋は通っているように聞こえた。
だが、司法解剖の結果が、その一部をすぐに崩した。
法医学者は、小春の死亡時期が三人の老人より三日ほど早いと判断した。
三人が殺害されたころ、美咲はすでに鹿喰集落を離れ、山道を逃げていた。
戻ってきて殺すことはできない。
取り調べの中で、拓馬の顔色は少しずつ変わっていった。
刑事が解剖結果を机の上に置いた。取調室は、長いあいだ沈黙に包まれた。やがて拓馬はうつむいた。
「三人を殺したのは、俺です」
刑事はじっと彼を見た。
「なぜ美咲さんに罪を着せようとしたんですか」
拓馬の肩が震えた。
「見つからなかったんです」
誰も口を挟まなかった。
拓馬は顔を上げた。目は赤く充血していた。
「小春を殺して、逃げたんです。探しても見つからなかった。警察に探してもらうしかなかった。憎かった。でも、見つけたかった」
刑事は続けた。
「では、なぜ三人を殺したんですか」
拓馬は両手で頭をつかんだ。
「あいつらが追い詰めたんです。美咲を、あそこまで追い詰めた」
鹿喰集落が長く沈黙の奥に隠してきたものが、ようやく彼の口からこぼれ始めた。




