6.先生の賭け金
裁判の中で、朱里は何度も責任を他人へ向けた。
父を恨んだ。
家で賭け事ばかりしていたこと。債権者を家へ呼び込んだこと。母を病床で死なせたこと。若い女と家を出たこと。
黒川を恨んだ。
金を取り戻してくれなかったこと。負けた借金を背負わなかったこと。子どもを誘拐しろと言ったこと。そして本当に事が起きたとき、電話を切ったこと。
浩介さえ恨んだ。
優しすぎた。甘やかしすぎた。最初の過ちで本気で止めてくれなかった。自分に罰を受けさせてくれなかった。
だが傍聴席で聞いていた沙也香には、その恨みが薄い紙を何枚も重ねたもののように思えた。
その下に隠れているのは、結局、朱里自身だった。
苦労を嫌い、金を欲しがった。
地道に返すことを恐れ、一夜で取り戻そうとした。
賭け事を近道にし、夫の愛情を逃げ道にし、最後には一人の子どもを逆転の賭け金にした。
そこが、この事件の最も恐ろしいところだった。
判決の前、沙也香は黒川勝也にも取材していた。
黒川は、身代金目的誘拐の計画に関与したとして、懲役十五年を言い渡されていた。控訴は退けられ、彼は朱里を深く恨んでいた。取材の中で、自分は愚かな女に巻き込まれただけだと言った。
沙也香がその言葉を朱里に伝えると、彼女の顔色が変わった。
反論しようとした。
だが沙也香は、手で制した。
黒川が途中で逃げたのか。
本当に電話を切ったのか。
そんなことは、子どもが死んだ事実の前では、もう意味を持たなかった。
彼らの責任の押しつけ合いは、ひどく汚れていて、小さかった。
取材の最後、沙也香は尋ねた。
「今、浩介さんに伝えたいことはありますか」
朱里はうつむき、手の甲で涙を拭った。
「浩介に謝りたいです」
長い沈黙があった。
「もう、この人生で償うことはできないと思います。でも、ずっと愛していました。初めて好きになった人で、最後まで好きだった人です」
沙也香は、続けて尋ねた。
「お子さんに残したい言葉はありますか」
朱里の表情が崩れた。
「私は、母親失格です」
声はだんだん低くなった。
「まっすぐ育ってほしい。私みたいにならないでほしい。道を間違えないでほしいです」
取材のあとまもなく、朱里の死刑判決は最高裁で確定した。
裁判所は、彼女が身代金を得る目的で、保育士という立場と子どもからの信頼を利用し、被害者を自宅へ連れていき、犯行の発覚を恐れて死亡させたと認定した。犯行の性質は極めて悪質で、結果は重大であり、社会的影響も大きいとされた。
死刑が確定した日、朱里は家族との面会を望まなかった。
拘置所の部屋で、ただ同じ壁を見つめていた。
この事件が重いのは、一人の女が賭け事で破滅したからだけではない。
彼女は自分が壊れる前に、一人の子どもの人生を奪った。
美月はあの朝、こども園の門で父に手を振っていた。
先生を信じ、大人を信じ、いつものように母のもとへ帰れると信じていた。
けれど、帰らなかった。
朱里はかつて、子どもたちに歌を教えた。
絵を描かせた。
ありがとうと、ごめんなさいを教えた。
最後に彼女は、自分がいちばん守るべき一線を踏み越えた。
道を間違えても、戻れることはある。
だが命は一度きりだ。
奪われた命には、戻る道がない。




