4.愛知へ逃げたトラック
のちに取材班が再び朱里と会ったとき、彼女はすでに拘置所にいた。
死刑判決はまだ確定していなかった。最初に法廷で見たときよりも痩せ、髪は短く切られていた。目には、ぼんやりとした茫然と、深い諦めが浮かんでいた。
沙也香は、事件当日のことから聞き始めなかった。
まずは、彼女が借金を返そうとしていた時期について尋ねた。
「白川町を離れて、愛知で運送の仕事をしていた時期がありましたね」
朱里はゆっくりうなずいた。
「あのときは、本当にやめるつもりでした」
声は小さかった。
「家族三人でいられるなら、苦労してもいいと思っていました。悪いのは、自分だったから」
2017年8月、朱里と浩介は息子を連れて群馬を離れ、愛知県豊橋市へ向かった。
浩介の同級生が、そこで運送会社を営んでいた。やり直すために、浩介の母は老後のために残していた金を差し出し、さらに二人はローンを組んで中古の四トントラックを買った。
浩介は信用金庫を辞め、長距離配送で少しずつ借金を返そうとした。
朱里も、今度こそ真面目に生きようと自分に言い聞かせた。
だが、現実は二人に長く息をつかせなかった。
運送の仕事は過酷だった。距離は長く、時間は不規則だった。浩介はもともと運転が下手ではなかったが、その数か月だけは小さな事故が続いた。接触事故、荷物の破損、雨の夜の急ブレーキによる車両修理。
一つ事故が起きるたびに、修理代、賠償、仕事を止める損失が増えた。
稼ぐどころか、トラックのローンの利息すら払えなくなっていった。
見知らぬ土地にいて、頼れる親戚もいなかった。朱里は昼に短時間の仕事をし、夜は浩介が紙に書き出す借金の数字を見つめた。
数字は、消えない染みのように増えていった。
半年もたたずに、二人は白川町へ戻った。
逃げたはずの借金が、また周囲を囲み始めた。
朱里は黒川を思い出した。
勝てば分ける。負けても借金は分ける。そう約束したはずだった。だが賭場で負けてから、黒川は一円も払っていなかった。何度も連絡し、ようやく電話がつながった。
「負けたら一緒に背負うって言ったじゃないですか」
電話の向こうから、不機嫌そうな声が返ってきた。
「金なんかない」
「そんなの困ります。あなたが連れていったんでしょう」
「じゃあ、どうしろっていうんだ」
朱里は携帯を握りしめた。指が痛むほど力が入った。
「もう、生きていけません」
黒川はしばらく黙ったあと、低く笑った。
「お前、先生だろ。どこの家に金があるかくらい、わかるんじゃないのか。金持ちの子どもを一人連れてくれば、親が払うだろ」
朱里は何も言わなかった。
その言葉は、濁りきった心の底へ落ちていった。
その後も何度か黒川に連絡したが、彼は似たような言葉で朱里を刺激した。最初は恐怖しかなかった。だがやがて、自分が本気でその方法を考え始めていることに気づいた。
死のうと思ったこともある。
ある深夜、彼女は台所で包丁を握った。だが息子の顔が浮かび、ゆっくりと手を下ろした。子どもから母親を奪いたくないと思った。
そして、もっと恐ろしい交換を考えた。
他人の子どもで、自分の命をつなぐ。




