2.父の賭け卓
朱里が初めて賭け事の刺激を覚えたのは、大学時代だった。
その日は、友人同士の小さな麻雀だった。数人が学生アパートの一室に集まり、菓子と飲み物を置いて卓を囲んでいた。賭け金も、硬貨が数枚動く程度だった。朱里は最初、自分はよくわからないと言っていたが、すぐに何度も勝ち始めた。
友人が笑いながら顔をしかめた。
「朱里、本当に初めて? また勝ったじゃん」
朱里は卓の上の小銭を自分のほうへ寄せ、得意げに笑った。
「ビギナーズラックかも。ほら、早く払って」
それは、ごく小さな遊びだった。
けれど金と勝敗が結びついたときの興奮は、彼女の心に初めて跡を残した。
のちに法廷で、朱里は父を恨んでいると語った。
賭け事の種を自分の中に埋めたのは、友人でも、のちの賭博仲間でもない。
父だった。
朱里は、かつて裕福だった家庭で育った。
父の松原健司は若いころ、地元で土木会社を経営していた。白川町ではそれなりに顔の知られた人物だった。家には広い一戸建てがあり、母はいつも身なりを整えていた。幼いころの朱里は、金に困ったことなどなかった。
しかし、彼女が物心ついたころから、家の中で麻雀牌の音と男たちの笑い声が消えたことはなかった。
朱里は小さいころから、賭け卓の空気を知っていた。
分厚い現金が卓の横に積まれるのを見たこともある。父が勝って大声で笑う姿も、負けてグラスを投げつける姿も見ていた。そのころの彼女には、大人たちが気軽に動かしている金が、いつか家を丸ごと飲み込むとはわからなかった。
父の会社が傾き始めたのは、朱里が高校生のころだった。
父は賭け事にのめり込み、やがて高利の借金まで抱えるようになった。債権者が何度も家を訪れ、リビングに座り込んで帰らないこともあった。母は最初、父の後始末をしていたが、日を追うごとにやつれていった。
2008年の冬、また一人の債権者が松原家のリビングに座り込んだ。
その日、母は相手と言い争ったあと倒れ、病院に運ばれた。四日後、意識が戻らないまま亡くなった。
母の死後まもなく、父は家を出た。
彼のそばには、朱里よりも若い女性がいた。
残されたのは、冷え切った一戸建てと、壊れた家族、そして幼いころから甘やかされて育った朱里だけだった。
のちに朱里は、沙也香に語った。
自分は、本当の苦労を知らずに育ったのだと。
突然、寒い外へ放り出されたような生活になっても、受け止めることができなかった。父はもう何もしてくれない。親戚も少しずつ離れていく。あのころの自分は、壊れた橋の上に立っているようだった。前にも進めず、後ろにも戻れなかった。
そのころ、彼女は浩介と出会った。
浩介は、まじめな人だった。
地方の信用金庫で働いていて、話し方は穏やかで、怒ることも少なかった。二人は大学を出たあと結婚し、朱里は白川町の認定こども園で働き始めた。それは周囲から見ても安定した仕事で、誰もが彼女はようやく落ち着いたのだと思った。
結婚して八か月後、二人の息子が生まれた。
その時期、朱里は本当に普通の幸せを手にしていた。
浩介は彼女を大切にし、子どもは健康で、仕事も安定していた。こども園の教室に立ち、歌を教え、工作を手伝い、数字を覚えさせる朱里の顔には、確かに優しい笑みがあった。
あのとき立ち止まっていれば、人生はまだ穏やかな場所へ戻れたかもしれない。
だが、彼女は止まらなかった。




