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女性専用刑務所の面会室:一線を越えた【危険な女たち】の犯罪告白  作者: 熾星


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5.白石家のピアノ

 

 白石莉央が詩織の客になったのは、近所の住人の紹介がきっかけだった。


 莉央は北九州市郊外の静かな高級住宅街に住んでいた。きれいに手入れされた庭のある一戸建てで、リビングにはグランドピアノが置かれていた。両親はシンガポールや香港を行き来しながら仕事をしており、莉央は喘息と体の弱さのため、ほとんど外で働くことなく家で過ごしていた。


 初めて衣類を取りに行った日、家政スタッフはちょうど不在だった。


 莉央は衣類の置き場所がよくわからず、詩織をリビングで待たせた。詩織はそこで、部屋の隅にあるピアノを見つけた。子どものころに少し習っていた。才能はなかったが、好きではあった。


 彼女はピアノのそばへ歩き、かすかな記憶を頼りに、そっと鍵盤を押した。

 澄んだ音が、広いリビングに広がった。


 その瞬間、詩織はまだ家を出る前の自分に戻ったような気がした。札幌の家、両親の声、冬の白い光。すべてが遠い時間の向こうから一瞬だけよみがえった。

 莉央が衣類を抱えて階段を下りてきた。


「詩織さんも、ピアノを弾けるんですか?」


 詩織はすぐに手を引っ込め、少し気まずそうにした。


「昔、少しだけ」


 莉央は笑った。そこに嘲りはなかった。


「今度、弾いてください。私、家に一人でいることが多くて、退屈なんです」


 詩織は、それ以降そのピアノに触れなかった。

 ただ、莉央が衣類を渡してくる様子を見ていた。若く、きれいで、体が弱く、家には何でもある。それなのに、まるでガラスの箱の中で育てられた花のようだった。


 詩織は、彼女の中に昔の自分を見た。

 それから、二人は少しずつ親しくなった。


 莉央は詩織をお茶に誘い、家のことや、友人が少ないことを話した。詩織は自分の過去をあまり話さなかった。このきれいな娘の前では、せめて少しだけ体面を保っていたかった。


 ある日、莉央は詩織にブレスレットを贈った。

 海外ブランドの高価な品だった。莉央にとっては、友人に渡す小さな贈り物にすぎなかった。だが詩織がそれを家へ持ち帰ると、蓮太はすぐに気づいた。

 彼は長いあいだ、そのブレスレットを見ていた。


「誰にもらった」


「お客さん」


「どんな客が、こんなものをくれるんだよ」


 詩織は答えなかった。

 蓮太はブレスレットの形と箱を見て、すぐに察した。詩織は、若くて金のある女と知り合ったのだ。


 数日後、蓮太は突然、配達を手伝うと言い出した。


 ちょうど出かける用事があるから、ついでに服を届けてやると言った。詩織は深く考えず、莉央の家の近くまで彼を乗せていった。高級住宅街の入口に着くと、蓮太は車を降りず、窓越しに詩織がインターホンを押すのを見ていた。

 ドアが開き、莉央が出てきた。


 若く、明るく、清潔で、大切に守られすぎた無垢さがあった。

 蓮太は、そのとき新しい標的を見つけた。

 詩織が蓮太と莉央の関係を知ったのは、半月ほど前だった。


 最初、莉央は恋人ができたとだけ話した。

 相手は瀬川蓮。普通の会社員で、営業成績が悪く、このままだと会社を辞めさせられるかもしれない。だから一軒一軒、商品を売り歩いているのだという。莉央はその話を聞いて、彼がかわいそうだと思った。


 詩織はすぐには蓮太だと思わなかった。

 しかし莉央が二人で撮った写真を見せたとき、すべてがわかった。


 写真の中の男は穏やかに笑い、莉央の隣に立っていた。まるで本当に彼女を愛している恋人のようだった。

 詩織はその顔を見て、胃の奥が冷えた。


 瀬川蓮太だった。

 名前を少し変え、同じような話で、また別の若い女性をだましていた。

 詩織は莉央を止めようとした。


「まだ、あまり知らない相手でしょう。そんなに早く信じないほうがいい」


 莉央は眉を寄せた。


「詩織さんまで、両親みたいなことを言うんですね。みんな、私が何もわかっていないと思っている」


 詩織は、真実を言えなかった。

 唯一の友人を失うのが怖かったのかもしれない。


 莉央が、自分たちの恋人が同じ男だと知ったら、二人の関係はもう元には戻らない。そう思ったのかもしれない。


 そのころ、二人の関係は一時的にぎくしゃくした。

 詩織は家に戻り、蓮太に莉央へ近づかないよう警告した。だが蓮太は冷たく笑った。


「忘れるなよ。俺たちは結婚してない。俺が誰と付き合おうと、お前に関係ないだろ」


 詩織は彼を見た。


「あの子は、ほかの女の人たちとは違う」


「何が違う?金持ちだからか?それとも、お前より若いからか?」


 その言葉は、詩織の胸を刺した。


 本当に怖かったのは、蓮太の愛がもう自分にないことではなかった。莉央の体のことだった。莉央には喘息がある。強い感情の揺れや、環境の変化で発作が起きることもある。


 もしいつか莉央が蓮太の邪魔になったら。

 この男は、その弱さまで利用するのではないか。


 詩織は、蓮太という人間を知りすぎていた。

 彼の中に本当の愛情などない。


 莉央は彼にとって、裕福な生活へ続く次の切符にすぎなかった。

 それから詩織は、蓮太を見張りながら、莉央を説得しようとした。


 すべてを話そうと考えたこともある。けれど、ようやく覚悟を決める前に、蓮太のほうから切り出した。

 その日、詩織は庭で衣類を洗っていた。


 南の冬は湿って冷たい。水と洗剤に長くさらされた手は、関節が痛み始めていた。しもやけは治っては破れ、また腫れた。詩織は庭にしゃがみ込み、衣類を一枚ずつ絞っていた。指先はほとんど感覚を失っていた。


 蓮太は家の中で荷物をまとめていた。


「莉央と結婚する」


 詩織は庭に立ったまま、手首から水を滴らせていた。


「私がいるかぎり、あの子はあなたとは結婚しない。明日、全部話す」


 蓮太は動きを止め、振り返った。


「遅い」


 詩織の顔色が変わっていった。

 蓮太は笑った。


「妊娠している。俺の子だ」


 その瞬間、詩織の頭の中で何かが切れた。

 自分のためらいが憎かった。


 もっと早く話していれば、莉央はここまで来なかったかもしれない。あのとき両親の言葉を聞いていれば、自分もこの男のそばに八年も閉じ込められることはなかった。

 怨み、不甘、後悔。


 それらが一度に押し寄せた。

 詩織はまだ二十八歳だった。

 それなのに、人生でいちばん大切な八年を蓮太に費やしてしまった。


 彼のために両親を捨て、大学を辞め、故郷を離れた。その果てに残ったのは、郊外の古い民家、冷たい水、しもやけ、借金、そして裏切りだった。


 蓮太は荷物を持って玄関へ向かった。

 詩織は、庭の塀のそばに置いてあったスコップを見た。

 それを手に取り、後ろから振り下ろした。

 蓮太は地面に倒れた。

 詩織は止まらなかった。

 砕こうとしていたのは、一人の男ではなかった。


 自分の八年間そのものだった。

 蓮太が死んだあと、詩織は庭に長く座っていた。


 それでも、最後まで気になっていたのは莉央のことだった。

 出かけようとしたとき、自分の鍵が見つからなかった。仕方なく、蓮太の鍵を持っていった。


 キーリングに、莉央が残した小さなインクの染みがあることに、彼女は気づかなかった。

 その鍵が、莉央に真実を知らせることになった。

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